2006年2月1日水曜日

極私的感涙”映画音楽”評

いつもと違う内容・進行なので、何から書き始めて良いのか悩みますね。

まずは、ちょっとしたデーターから行きましょうか。

私は、ここ十数年程、映画館で鑑賞した映画に関してサウンドトラック盤(以下サントラ)が発売されている場合は必ず購入しています。その結果、現在の所有枚数は、TVやオムニバス形式も含めると160枚を超えています。全所有CDの約半分に迫る勢いです。

その中には、何度も何度も繰り返し聞いているお気に入りのものもかなりの数があります。

ただ、今回のコラムの趣旨とはずれてしまいそうなので、お気に入りのサントラ解説は省かせていただきます。またいつかの機会にでも、書ければと思います。


一口に映画のサントラと言っても音楽のジャンルのように多種多様です。

壮大な交響曲のように仕上げられた芸術的なものから、効果音のように静かで淡々としたものまで、数限りなく分ける事が出来ます。

その中でも私が特に気になるのは、「既存曲」と「オリジナル曲」です。

「オリジナル曲」とは言葉の通りで、その映画の為に造られた作品です。一般的にはこの形が圧倒的です。

映画が製作され、ある程度の編集がなされた時点でそれぞれのシーンに合うように造られた曲とでも言いましょうか。

難しくなってしまうのであまり詳しくは触れませんが、一般的に映画、特に大作映画というのは製作が決まった段階で殆どの場合は上映時期も決まっているようです。活気に満ちた映画界で、上映してくれる映画館の確保はかなり重要と言えましょう。ですからスケジュールはかなりタイトになる場合があります。

そんな中で、撮影・編集し、音楽を付けるとなれば、当然最後に近い行程はせっぱ詰まって造る事も多々あるようです。

それでも映画をしっかりと盛り上げてくれる見事な曲が造られるというのは、やはり素晴らしい作曲者と言う事なのでしょうね。(まず始めに脚本を元にイメージを膨らませて、曲はある程度出来ている場合も多いようです)

それでは、「既存曲」はどうでしょう。

「既存曲」の場合は大まかに分けると二通りの手法が存在します。オリジナル曲と同じ手法と、始めに曲ありきで脚本や映像を造っていく場合です。

後者は、その曲があったからこそ、インスパイアされて造られた、とでも言いましょうか。

最近はあまりありませんが、有名な曲をテーマにして造られたもの、と言えば分かりやすいでしょう。テーマになる曲が有名で有ればある程、感情移入がしやすい反面、その曲に対するイメージが邪魔をして、面白いはずの作品をつまらなくさせるという弊害もあります。ですから、造る側は慎重にならざるを得ないのでしょうね。最近、この手の映画が減っているのは、そんなところに理由があるかも知れません。

ちょっと外れてしまいますが、既存曲でも、こんな面白い使われ方もあります。

クラシックになりますが、バッハの「G線上のアリア」をご存じでしょうか?

この曲は静かで、優雅で、心の落ち着く印象を与えます。

映画でもその効果を狙って使われるのですが、ここで二つの作品をご紹介しましょう。

ひとつは、ブラッド・ピット主演「セブン」。言わずと知れた名作です。ショッキングでありながらも、地味に恐いサスペンスで、衝撃のラストが観る者に怒りと戦慄を覚えさせます。

しかしただ恐いだけではないのです。

既にご覧になった方は、「あのシーンの事?」と思い出されるでしょう。

そう、老刑事扮するモーガン・フリーマンが警察の図書館で調べものをするシーンです。

薄暗い図書館で、賭け事に興じる非番の警察官、その見慣れた仲間達と軽い談笑をしながら調べものをするシーンです。

暗く、恐い映画の中で、唯一美しいと言えるシーンではないでしょうか?そしてその後に起こる衝撃的な事件の数々を、より印象深く見せる為に一役買っています。映画館で見た私にとっては、衝撃のラストよりもこちらの方が気になったくらいです。たった数分の曲で、こんなにも心洗われるなんて、と。

さて、同じ曲を使って同じ効果を狙っているであろうはずなのに、コミカルになってしまう例もあります。

もう一つの作品は、シリーズ中で、クラシックを多用している、日本で最も有名なシリーズもの、そう、寅さんです。

「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」第11作目。

北海道の草原で無邪気に戯れる寅さんのバックでこの曲が使われます。

確かに心和むのですが、こちらはむしろ、可笑しさが込み上げてくるのはなぜでしょう?

それは日本人の殆ど誰もが知っている「下町人情の固まり」である寅さんにはおよそ似合わないであろうクラシックが、しかも無邪気にはしゃいでいる寅さんのバックに使われているという、対照的な描き方がそうさせるのでしょう。

いかがでしょうか?

同じ曲でも、描かれ方ひとつでここまで違うという見本ですね。

つまり同じ曲でも、既存曲は使い方次第で、無限大の可能性を秘めているのです。

私は密かに期待しています。

あなたの中には、ジャンルは問わず名曲がありますか?これが私の一番のお気に入り、と言う曲です。

その曲は有名ですか?

仮に有名でなくとも、映画が切っ掛けでヒット曲になる事も可能なのです。

いつか、あなたの名曲が、映画の主題曲として使われ、見向きもしなかった人の心に訴えかける時が来るかも知れませんよ。


次は、1980年代以降の映画には欠かせない歌についてです。

音楽業界と、映画業界が一緒になって、音楽と一体となった映画の為のサントラを売り込み始めたのは、1970年代後半から80年代の初頭です。

「フラッシュダンス」や「フットルース」等は、誰もが知っている程に有名になりました。

そしてその映画の中では、意味のある歌詞で映画のワンシーンを盛り上げています。

故に時が過ぎても、その時代に感じた出来事が、歌を聴く事によって甦ってくるのです。

映画が人間の身体であれば、歌はちょっとした栄養剤のようなものですね。このような使われ方は素晴らしいものです。

その他にも、映画音楽の旋律に歌詞を付けるというものも多々存在します。

これも、その映画の為に造られただけでなく、映画を観終えた後に先程と同様の効果をもたらします。

映画の主旋律にそのまま歌をのせてしまうので、こちらの方が忘れがたい存在ですね。

しかし一方、困ったものも存在します。

例えば有名な外国映画の、有名な旋律に乗せて、日本語の歌詞を付けるというもの。

全てが悪いというわけではありませんが、ちょっと興ざめしてしまう場合が多々あります。

批判になってしまうのであえて曲名は上げませんが、そこそこヒットしてしまうのは悔しい限りです。

1980年代以降、そんな業界同士の関係が少し変わってきます。

映画のサントラでなく、映画の為の歌でなく、映画に影響されて造った歌を、しかも多数集めてアルバムにするというものです。

そもそもいきなりこの形で始まったわけではありません。

私の覚えている限りでは、徐々に変化してそのような形になった、と言った方が正しいでしょう。

歌のみのサントラ盤に、なぜか映画に収録されていない歌がある。

そこからだったと記憶しています。

変に勘ぐってしまうようで自分でも嫌なのですが、歌を売り出す為の道具として映画を利用している、そうとしか思えない使われ方です。

実際、発売前のCDを購入するべくサントラを予約して、届いてみると全く関係ないものだった事もありました。

これにはガッカリです。

その時代、私は歌だけのサントラは極力避けていました。上記の弊害ですね。

しかし嬉しい事に、今現在そのようなアルバムは減っていて、純粋にサントラとして成立したものが発売されるようになっています。

そして、以前にも増して、サントラをひとつの音楽として楽しむ方が増えているのです。

ここへ来て、やっとサントラというジャンルが認められてきたのだなぁ、と私は痛感しています。


音楽業界と映画業界の関係が見え隠れしているもう一つの例をここで挙げましょう。

台詞や効果音入りのサントラです。

最近ではすっかり影を潜めてしまいました。

なぜでしょう?

私はこう分析します。

台詞入りのサントラが少なくなり始めたのはやはり1970年代後半以降です。

この時期に、一般庶民の生活を一変させるものが普及し始めたのを、皆様は覚えていますか?

今ではどの家にも当たり前にある、そう、ビデオデッキです。

ビデオデッキを普及させた原因のひとつに、レンタルビデオがあります。

そしてレンタルビデオは、それまで映画館でしか観られなかった(正確に言うと家庭用8mmフィルムで販売されていたものもあるのですが)映画をいつでも観られる、映画好きには夢のような環境を気付いてくれた功労者と言っても過言ではないでしょう。

このビデオデッキの普及が、台詞入りサントラの衰退を早めた原因と私は思うのです。

普及以前のサントラの楽しみは、映画のシーンを思い出す(出される)ひとつの道具としてでした。

その中であって、台詞というのは回想の手助けで重要な位置を占めていたのです。

ところがビデオの普及で、好きな作品がいつでも観られる環境になるとサントラは、一部の映画ファン以外にはあまり見向きもされない状況へと追いやられました。それはそうですよね。映像と音が一体となったものが、画面の大きさこそ違えど、映画館と同じように観られるのですから。

これが私の推理です。

そして大したことがない内容に思えるこの一件は、先程の項目で上げた、サントラの変化や歌、関係ない作品を関連づけて売る、など、音楽業界がサントラをいかにして売るか?と言う努力の切っ掛けになっているのです。

歴史は繰り返すと言いますが、今、映画業界は活況です。となると、台詞付きのサントラが復興の兆しを見せてもおかしくはないのですが、実際はどうでしょう?きっとあと数年で結果が出ますね。

そしてその後の変化が衰退へ向かわないよう、私たちは、気になったり、気に入った作品は映画館で観るべきでしょう。

もしこのコラムをお読みになったあなたが、映画を愛しているのなら、是非お近くの映画館へ足をお運び下さい。

そうする事が製作者達の次への励みになるのですから。


今回はちょっと長くなってしまいましたね。

それでも書き足りない事がまだまだあります。

いずれ、この続きは、このコラムでまた取り上げたいと思います。

それまでお待ち下さいませ。


さて次回は・・・何にしようか悩んでいます。

そこで今回は新たな試みに挑戦してみようかと思います。

その為には皆様の協力が欠かせません。


次回はリクエストです!!

但し私が観た事のある作品で、オススメ出来るものを採用したいと思います。

是非是非、MUSIC ROOM掲示板(http://www.neiro.net/ 内)に書き込んで下さいませ。

万が一、もし、書き込みがない場合は、2月下旬に本広克行監督の最新作「サマータイムマシンブルース」を次回のコラムに採用致します。

普段は読んでいるだけで一度も書き込んだ事がいない方も、是非是非掲示板に書き込んで下さいませ!


それでは、また!!

2005年12月31日土曜日

交渉人 真下正義

いよいよ2005年も今日で終わりですね?

でも年明け1時間前にアップしたこのコラムを皆さんが読むのはきっとお正月でしょうから、取りあえず、

「明けましておめでとうございます!」そして順序が逆になってしまいますが、「2005年はお世話になりました!」

本当は、今回のコラムは12月24日に更新したかったのです。

映画またはDVDでご覧の方は既にご存じだとは思いますが、この「交渉人 真下正義」の物語は冒頭の1分を覗き、2004年の12月24日午後4時から午後10時頃までの6時間を描いています。

リアルタイム、とまではいきませんが、その感覚を少しでも味わって頂きたかったのです。しかし出来なかったから意味がないですね。

さて、本題に戻りましょう。

最近、「邦画がハリウッドに近づいた」とか「ハリウッド的な」と言う表現が多々聞かれます。

私もその内の一人でした。しかしこの作品を見てから考え方が少し変わりました。

映画だけに限らず、音楽・芸術その他、人間が作り出す全てのものは、影響されあいその出来が高まっていくものです。

そう考えると、予算と人員を沢山使い造り上げるアメリカの作品を言うのは、面白く出来て当然なのです。出来ない方がおかしいのです。

しかし最近の邦画はどうでしょう?予算が少なく製作期間が短いものでも、面白いものが沢山造られています。新しい才能がどんどんと排出されています。その証拠に日本の映画がハリウッド映画に使われる程です。ただしこれには「ハリウッド映画の新鮮な題材がネタ切れ」と言う事にも起因しているのですが、このことは後のコラムでいつか語る事としましょう。

この映画「交渉人 真下正義」は製作費こそ公表されていませんが、撮影と製作期間は2004年の11月から公開前月の2005年4月までの、たった半年なのです。

どうです?凄いと思いませんか?あれだけ沢山のキャスト、エキストラ、フリーゲージトレインである「クモE4-600」の迫力ある疾走シーンや、パニックシーン、ラストに登場する緊迫のクラシックコンサート会場、全てがその半年の間に撮影・編集されているのです。

この短期間にはある秘密が隠されていて、これが先程の「高めあっている」にも通じるのです。

今回のコラムでは一部だけ取り上げますが、この作品で画期的だったのは、撮影システムにあります。

実は言われなければ誰も気づかない些細な事なのですが、この作品の登場する地下鉄シーンは全て東京ではないのです。

時間や撮影に関する制約、その他様々な要因があって、都内での撮影は許可されなかったのです。

となると、わざわざトンネルを掘ったりセットを組んだりというのは無理な事ですから、当然日本国内の他の場所での撮影が行われる事となるのです。

実際にエンドロールを観て頂ければ分かりますが、神戸・横浜・札幌・大阪と4箇所の地下鉄を使用しています。

しかし問題はそれだけではありません。撮影の為に看板等は全て東京の設定に変更してありますから、当然の事ながら、実際の営業運転中には撮影が出来ないのです。

これはどういう事を意味するのでしょう?

映画公開前にスカパー!で放映されていた「真下正義チャンネル」の中で明かされていますが、実は出来ても一日に数時間の撮影のみと言う、危機的状況。

ここでハリウッドで使われるシステムが生きてくるのです。

幾つかの班に分かれ、撮影の同時進行が行われたのです。それぞれの班にはそれぞれ責任者がいて監督の役割を果たし、その全てを統括するのが監督の役目、とでも言いましょうか。総監督と呼んでも良いのではないでしょうか?

この撮影システムもそうなのですが、本広克行監督は常に新しいものを取り入れ、挑戦しています。過去にも幾つか面白いものがあるので、ここでちょっとだけ触れておきます。

それはフィルム撮影の弱点を克服するものとでも言いましょうか。

最近あるトークイベントで明かされた事ですが、「踊る大捜査線2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」では、編集を現場で秘密裏に行っていました。それは、殆どの役者とスタッフに知られていない存在でした。見た目はごく普通ですが、編集機材を搭載した改造車をスタジオ脇に停車させ、その中で撮影直後の映像に編集をかけるというものです。

これが何を意味する事か、一般の方には分かりづらいと思います。

簡単に例えると、フィルムカメラとデジタルカメラの違いです。

このコラムをご覧の方々は、当然パソコンをお持ちですよね?となると、デジカメもお持ちのはず。

良く考えてみて下さい。

デジカメの利点は何でしょう?

そう、その場で確認できることです!つまり納得のいく内容でなければ、すぐに確認して取り直しが出来るのです。それを映画に取り入れたわけです。

映画というのは、特にスタジオの場合、多額の費用と手間をかけてセットを造っています。

なのに、撮影が終われば無用の長物。しかもその後の撮影の為に取り壊すのが常です。

フィルム撮影では、現像が上がる頃にはセットがない!と言うのが当たり前だったのです。

昔の巨匠と呼ばれる監督なら、劇場公開日を延ばしてでも、多額の費用をかけてセットを組み直していたかも知れません。

しかし殆どの場合、アラやミスが発見出来てもそのまま編集せざるを得ないのが現状だったのです。

本広監督は、その弱点を、デジタル撮影と同時編集で克服したわけです。

だからあれほどまでにこだわった画が観られるわけです。

ところがこれだけでは終わりません。

監督の最新作、「サマータイムマシンブルース」ではさらに上を行く試みがなされています。

実はこの「サマータイムマシンブルース」は劇場公開こそ「交渉人 真下正義」の4ヶ月後でしたが、撮影自体は先に行われていました。

そこで何が画期的だったのかと言いますと・・・

これは「サマータイムマシンブルース」のコラムまでのお楽しみとしましょう。

2006年2月24日に発売されるので、その時までお待ち下さい。必ずコラムに書きますので。


今回はもっともっと書きたい事があったのですが、泣く泣く削った挙げ句、どうしてもこれだけは書かなければいけないと思い、最後にひとつだけ触れます。お許し下さい。

それは「リンクネタ」です。

「交渉人 真下正義」はTVシリーズ「踊る大捜査線」から派生した物語です。当然の事ながら、その世界観を知っていればもっと楽しめます。

しかしこの作品は、それを知らずとも充分に楽しめる内容に仕上がっている事は言うまでもありません。

でもやはり、知っていると面白いはずです。

そんな人の為に、あるひとつの新しい試みがなされています。

それは、もう一つの物語、です。

ひょっとすると既にご覧になった方がいらっしゃるかと思いますが、この映画のさらに番外編である作品が2005年の12月7日にテレビ放映されているのです。

その作品の名は「逃亡者 木島丈一郎」

監督こそ違いますが、踊るシリーズのテイストを引き継いで、なおかつ「交渉人 真下正義」の世界感も引き継いでいる作品です。

既に「交渉人 真下正義」プレミアムエディションDVDのスペシャル特典として発売済みですが、作品の出来もかなり良い為、恐らく単体での発売と、レンタルもされる事と思います。

是非ご覧になって下さい。踊るの世界を知らなくとも、「交渉人 真下正義」を観ていれば、「あっ!」と言うリンクネタの発見が幾つもありますから。

そこでもしハマったなら、そこから「踊る大捜査線」のふか〜い世界にハマってみるのも面白いかも知れませんよ?

余談ですが、この「逃亡者 木島丈一郎」、TVシリーズ化なんて有り得るかも知れません。

もしそうなれば、冠に付いている「逃亡者」は取れてしまうかも知れませんが、かなり面白い作品になる気がするのです。もちろん、古くからの「踊る大捜査線」ファンにも満足のいくような・・・


さてさて、2005年最後のコラムいかがでしたでしょうか?

楽しんで頂けましたか?

内容には殆ど触れていないので、もし未見でここまでお読みになった方は、安心して「交渉人 真下正義」をご覧いただけるでしょう。

何度観ても楽しめる作品ですから、是非是非ご覧下さいね!


2006年の第一弾は、今までとちょっと趣向を変えてみようかと考えています。

それは、以前から頭の隅にはあったのですが、なかなか行動に移せなかった事です。

次回は、「極私的感涙”映画音楽”評」と題して、私が今までに出会った映画音楽・・・通称サントラの良さをお話ししようかと思います。

これを読んだら、映画音楽に対する考え方が少し変わるかも知れませんよ?

ちょっと書くのに時間がかかるかも知れませんが、しばしお待ち下さいませ。

遅くとも1月末までにはアップしたいと思います。


それでは、良いお年を&素晴らしい新年をお迎え下さいませ!!


それでは、また!!


2005年日本映画  127分

監督 本広克行

脚本 十川誠志

音楽 松本晃彦

撮影 佐光朗

編集 田口拓也

VFX&SUD   山本雅之

録音 芦原邦雄

照明 加瀬弘行

出演 ユースケ・サンタマリア 國村隼 石井正則 水野美紀 寺島進 他

2005年12月19日月曜日

レジェンド・オブ・フォール

今回は前回と違ってネタバレでなければ語れない部分が多々あるので、どうかお許し下さい。


約10年ぶりにこの映画を見ました。

そしてある事に気づきました。

私はこの10年、何一つ変わっていない、何一つ進化していない、そう思って生きてきました。

しかしそれは間違いだったのです。

はじめてこの映画を見た時に感じたのは、雄大な自然の美しさ、兄弟愛、そして主人公トリスタンの生き様に感動しました。

でも涙はなかったのです。一切無かったのです。

ところが今回はどうでしょう?


登場人物それぞれの悲しみが、自分の事のように胸を貫き、かき乱し、涙を溢れさせ、優しくさせるのです。

これほどまでに深い映画だったのかと。

私は、どうやらこの10年で色々な事を経験したようです。

祖父母の死、父と弟の病気、愛する人を引き留められなかった悲しみ、その全てが私の大きな糧になっていたのです。


それでは、ここからは物語のあらすじに、ちょっとした感想を交えながら進みたいと思います。

最初の涙はここでした。

物語が大きな変化を見せる序盤の終わり頃、弟サミュエルの死。

毒ガスで視力がなくなったサミュエルに聞こえた主人公トリスタンの声。途端に溢れる安堵の表情。直後に迎える悲しい死、そしてその表情全てを間近に見ながら、何も出来ずにサミュエルを殺されたトリスタンの深い悲しみ。

この全てが、一気に、津波のように私の心に押し寄せて、涙を搾り取っていきました。

正直な話をすると、前回この映画を見た時も、このシーンは辛かったのです。

でもここまでの悲しみはありませんでした。

しかし今回、これほどまでに深い悲しみがあったのかというくらいに、辛い涙でした。

次に涙が溢れたシーンは、サミュエルの墓参り。しばらく連絡を絶ち、行方の分からなかったトリスタンが突然帰郷し、河っぷちの草原に寂しくたたずむ墓の前で、涙を堪えているシーンです。

サミュエルの死の時に感じた悲しみが、そのまま甦ってきました。

そしてそれに続く、ほのかな愛を抱いていたサミュエルの婚約者スザンナの優しさを拒絶するシーン。

トリスタンの悲しみと罪の念が、私の心に深く深く心に刻まれました。

この物語の序盤で、3人の兄弟は誰もがうらやむ程の仲の良さを見せつけていましたが、サミュエルの死を切っ掛けに一気に崩れ、とうとう墓参りの直後に決定的な事態に発展してしまうのです。

家を出る兄、アルフレッド。その悲しみも深いものでした。

サミュエルの死のやり場は、愛が絡むトリスタンに向けられるのも当然です。

でもこの兄弟が、どれだけ深い絆で結ばれているのかが、ほんの些細なシーンで証明されます。

それは、劇中、要所要所に使われる、手紙の朗読です。

遠くに住む母へ宛てた手紙の一文に、兄の弟に対する気持ちが表れています。

この一文は、後に兄弟がやり直せると信じて疑わない程に説得がある文章なのですが、運命はそれを許しません。

牧場の鉄条網に絡まり泣き叫ぶ牛・・・サミュエルの死と同じ状態です。目の前で生きているのに、助けられず死を待つのみ。トリスタンの苦悩は、スザンナによって癒されていた傷を、さらに深くしてしまうのです。

このシーンのトリスタンの瞳が忘れられません。

結局去っていってしまうトリスタン。戻ってこないかも知れないのに、待ち続けるスザンナ。

どうして一所に安らげないのか、安らげさせてくれないのか、運命を恨むばかり。

全ては、サミュエルの死で神を呪った事から始まったのでしょうか?

その答は、物語の最後で描かれます。

そしてどのようにして、この父子と、兄弟と、一人の女性を巡る愛が決着していくのか?

淡々と進む物語ではありますが、劇中殆ど流れ続けているジェームズ・ホーナーの美しい旋律が、観ている者の心に、波乱や安らぎを与え、観終えた時に、優しい気持ちにさせてくれる事でしょう。

モンタナの美しい自然も特筆すべき事でしょう。この美しい風景があったからこそ、観る者は素直な心で感じられるのだと思います。


ここまでで触れる事が出来なかったのですが、3兄弟役のアイダン・クイン、ブラッド・ピット、トーマス・ハウエル、そして父のアンソニー・ホプキンスの演技は素晴らしいです。

それだけでも見る価値がある作品ではないでしょうか?

これは余談になってしまいますが、サミュエルを演じた役者の名前に見覚えはありませんか?

あの笑顔に見覚えはありませんか?

そうそう。「E.T.」のエリオット少年です。

すっかり大人になって、ビックリしませんでしたか?

しばらくショービズの世界から離れていたのですが、最近の活躍は目覚ましいものです。

どうかこのまま、素晴らしい役者の道を歩んで頂きたい、そう願います。


さて、次回は恐らく今年最後のコラムになるかと思います。

前回の予告通り、「交渉人 真下正義」をお贈り致します。

本広映画の最高傑作であり、あの「踊る大捜査線」から派生した新たな伝説の始まりです!

どうか今年最後の映画は、これをご覧になってハラハラドキドキしながら新年を迎えて下さいね!


それでは、また!


1994年アメリカ映画  132分

監督 エドワード・ズウィック

原作 ジム・ハリスン

音楽 ジェームズ・ホーナー

撮影 ジョン・トール

出演 ブラッド・ピット アンソニー・ホプキンス アイダン・クイン ジュリア・オーモンド ヘンリー・トーマス

2005年12月4日日曜日

ストリートオブファイヤー

今回はあえてネタバレにならないコラムで勝負しましょう。


この映画は、今までに沢山あったようで、あまり見かけないタイプの映画です。

映画とミュージックビジネスが密接に結びついた80年代だからこそ実現出来た珍しいタイプとでも言えるでしょうか。

まず、この映画に登場するエレン・エイムやその他のグループは実在しませんが、その歌は、実際のアーティスト名でサントラ化され、しかも幾つもの曲がシングルカットしチャートの上位に上り詰めました。さほど有名でもないアーティストを、映画と結びつけてヒット・成功させた良い例の始まりではないでしょうか?

有名なアーティストを多用した、同時期に公開の「フットルース」と対極をなしているとも言えます。

しかもこの映画では、映画の為の限定ユニット「Fire Inc.」が結成、映画のオープニングで観客をグッとつかみ、エンディングでは主人公トムとエレンの揺れ動く心情を見事に演出しています。

ちなみに前回のコラムで述べた「日本語の歌詞を付けてTVドラマの主題歌になった」のがこの曲であり、カバーされた日本でも大ヒットしたのです。

その曲名は「今夜はエンジェル」歌 椎名恵。きっと30代より上の方には記憶に残っているでしょう。

「ヤヌスの鏡」というドラマの主題歌です。

話が逸れてしまいますが、この頃のTVドラマはカバー曲が多かったですね。

例えば「スチュワーデス物語」の「ホワット・ア・フィーリング」は映画「フラッシュダンス」、「不良少女と呼ばれて」の「ネバー」・「スクールウォーズ」の「ヒーロー」は共に映画「フットルース」等々。知られていないところでは、あの渡辺美里のデビュー曲もフットルースのサントラからのカバーでした。

個人的に「今夜はエンジェル」と言う曲名に不満はありますが、国内で発売されたサントラでの本歌の曲名が「今夜は青春」だった事を考えると、仕方のない事かも知れません。

ちなみに本当の曲名は「Tonight is What it Means to be Young」です。「今夜は青春」と言う訳は、成る程ですね。

この映画が公開された1984年前後は、日本のカバー主題歌同様、音楽映画の当たり年でした。先程触れた「フラッシュダンス」「フットルース」、翌年には「セントエルモスファイヤー」(後にフジテレビでドラマ化された「愛という名のもとに」に多大な影響を与えたとされる)、そして「ストリートオブファイヤー」どれもがそれぞれの曲の個性を引き立て、似か寄らない作品に仕上がっていました。

その中でなぜこの作品を取り上げたのか?

一つ目は、歌ばかりが注目されている映画の中で、恐らく唯一、バックに流れるサントラを重要視しているからです。歌に負けない量のサントラが、観る者の心を血湧き肉躍らせるのです。

その音楽の作曲・演奏者は、ライ・クーダー。天才的ギタリスト。

「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と言えば、普段映画を見ない音楽好きの方にも有名な作品ではないでしょうか?

彼の音楽がなければ、この映画は成立しなかった、と言っても過言ではないでしょう。

残念ながら、サントラには収録されていませんが、その曲の一部が、彼のベスト盤に収録されているので、映画を気に入ったら、是非聞いてみて下さい。映像がなくとも、素晴らしい音楽です。

さて、もう一つの理由。それは、この映画の持つ普遍性です。時代が変わっても色褪せない魅力と題材、なのかも知れません。

ストーリーは至って単純。

例えれば、ヒロインを奪われそれを助ける西部劇。邦画にするならば、一匹狼の高倉健。

不器用だけれども、どこか憎めない、そんな男の憧れを描いています。そこに恋愛映画の要素をミックス、でも基本は壊さない程度の色づけに終わっているのは、さすがと感じさせます。

主人公を演じるマイケル・パレのどこか田舎臭さを感じさせるところも、ひとつの魅力と思えます。

監督のウォルター・ヒルも素晴らしい映像を演出しています。

タイトルにもなった、ネオン灯る闇の中で炎に包まれた大通りは、興奮の中に、美しささえも感じさせます。

分かりやすい物語と相まって、20年以上経った今見ても決して色褪せない魅力を作り出しているのです。


難しい事ばかり考えさせる最近の映画に疲れたあなた、是非、単純明快で後味の良いこの映画を、年が明ける前にご覧下さいませ。

LD時代にもDVD時代にも、いち早く発売されたタイトルですので、中古等も豊富に出回っているはずです。


さて、今月のコラムはあと2回更新致します。

12月中旬は、ブラット・ピット主演「レジェンド・オブ・フォール」、下旬には本広克行監督の大ヒット作「交渉人 真下正義」をお贈り致します。

どちらもオススメの映画ですので、是非是非ご覧になってから、このコラムに挑んで下さいませ。

ちなみに「交渉人 真下正義」は12月17日の発売です。


急激に寒くなりましたが、くれぐれも体調にはお気を付け下さいませ。


それでは、また!


1984年アメリカ映画  94分

製作 ローレンス・ゴードン

ジョエル・シルバー

監督   ウォルター・ヒル

脚本   ラリー・グロス

音楽   ライ・クーダー

出演   マイケル・パレ ダイアン・レイン リック・モラニス エイミー・マディガン

2005年11月12日土曜日

TATARI〜タタリ〜

すっかりご無沙汰しています、kiyohikoです。

まず、9月末の予定の更新が、大幅に遅れた事をお詫び致します。

この夏から秋にかけては、個人的に色々な出来事があって忙しかったのですが、それもやっと一段落。

これからは、月2回の更新に専念出来そうです。

この場を借りて、改めて皆様に、お詫び申し上げます。そして、これからもよろしくお願い致します。


それでは本編に入りましょう。

この映画は、ここ数年の定番とも言えるリメイク映画です。

元ネタの映画は「地獄へとつづく部屋」。1959年、まだモノクロ映画が主流の時代です。

オリジナルの監督はウィリアム・キャッスル。「TATARI」をご覧になった皆さん、何か気づかれませんでしたか?

そう、この映画の製作、「ダークキャッスル」の名前の由来でもあるのです。

DVDに収録されている特典映像から、この監督が斬新な仕掛けで人々を驚かせていた事が分かります。詳しい事は、DVDをご覧頂くとしましょう。

リメイクといえども様々なパターンが存在するのは、既に皆様もご存じでしょう。

最近の流行は、日本のホラーをハリウッドでリメイク、しかも同じ監督が努めるというパターン。

アニメの日本から、ホラーの日本へと進化しているようです。

なぜ日本のホラーがこれだけ受け入れられるかは、大きな理由があります。

映画館の音響の進化と共に、映画は体験する娯楽へと進化していきました。

そして音響の更なる進化に合わせるように、より強い刺激を求めるようになっていくのです。

その結果はどうでしょう?

全てが、とは言いませんが、単純に楽しむだけの娯楽としては良いものでも映画としての質は?その様な作品が増えてしまったのです。

そして刺激に頼りすぎたが為に、物語が置き去りになってしまったのも事実です。

いつしか、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなってしまったわけです。

その点日本のホラー映画はどうでしょう?いや、この場合はホラーと言わない方が良いかも知れませんね。

日本にも、ただ刺激を求めただけの映画もあるわけですから。

日本の恐怖映画には、陰と陽がはっきりと存在しています。

そしてスクリーンに映らなくても、常に感じる「気配」、物語の奥底に秘められた悲しい運命や、性。

その全てが、観客の想像力を掻き立てて、ただその場でだけ驚く映画ではなく、引きずる恐怖を心に残してくれるのです。

静かでも驚かされたり、背筋がゾクッとするのには、そんな理由があるからだ、と私は思います。

きっと欧米でも、そのような恐怖感はあったはずです。

語り継がれた伝説や、幽霊話などがそうでしょう。

でも、いつしか文明の波に押されて、どこかに忘れてしまったのでしょうね。

恐らくアメリカの映画製作サイドは、日本の恐怖映画のそんな魅力を見つけ、もう恐怖の原点に返ろうとしているのかも知れません。

そう、「歴史」は繰り返すのですから・・・


さて、簡単に物語を説明しましょう。

恐怖をプロデュースするプロであるブライスは、妻の誕生日を祝う為に、あるサプライズを仕掛けます。

断崖絶壁の丘の上にある、いわくつきの「恐怖の館」を借りて、一晩限りのパーティーです。

もちろん妻は、そのパーティーの事は知っていますし、口も挟んでいます。

しかし二人には不穏な空気。

そう、不仲で殺し合ってもおかしくない、離婚寸前の夫婦なのです。

騙し、騙され、どこが本心なのか分からないくらいにドロドロの夫婦が、普通のサプライズで終わるはずがありません。夫は妻を恐怖に陥れようとしますし、妻は夫を騙して立場を逆転させようと企んでいます。

そんな二人が選んだ場所には、ある悲しい過去がありました。

かつて人体実験が秘密裏に行われ、氾濫を起こした精神異常を来した患者達により、虐殺と火災で闇に葬られた病院だったのです。

この館に集められたのは、初対面の4人と、館の持ち主と、ブライズ夫妻。

窓という窓、全てが、逃走防止用の鉄扉でふさがれた瞬間、6人の運命は、狂い始めます。

それは、全てを操って驚かせるはずのブライズ夫妻にまでも襲いかかる事になるのです・・・

どこまでが本当で、どこまでが嘘か?そして次は何が起こるのか?


オリジナルに近く、単純な物語ながらも、最新の特撮技術を上手く取り入れた飽きの来させない映画に仕上がっています。


いかがでしたか?どぎつすぎる映像も多少はありますが、喧しいだけのホラー映画を見飽きた方には、ちょっとした刺激になりませんでしたか?

たまには、こんな映画も良いでしょ?


さて、次回は11月末の更新予定です。

取り上げる作品は、「ストリート・オブ・ファイヤー」。

ご存じの方もいるかも知れませんね?

「フットルース」と同時期に公開されて、共に音楽映画として比較されていましたし、この映画の主題歌は、日本語の歌詞を付けてTVドラマの主題歌になった事もあるのです。

その作品は何かって?

それは、次回のコラムまでお楽しみに!!

でも映画を観たら、きっと思い出すはずですよ。


それでは、また!


1999年アメリカ映画  93分

製作 ロバート・ゼメキス

ジョエル・シルバー

監督   ウィリアム・マーロン

脚本   ディック・ビーブ

音楽   ドン・デイビス

出演   ジェフリー・ラッシュ ファムケ・ヤンセン テイ・ディグス アリ・ラーター ブリジット・ウィルソン ピーター・ギャラガー クリス・カッテン

2005年8月28日日曜日

グース

皆様、お久しぶりです。

1ヶ月の予定が、2ヶ月もかかってしまい、申し訳ありませんでした。

肝心の休んだ理由ですが、今もって終わっていません。

しかし、今私がこのコラムを書かなければならないと感じ、再開した次第です。


私事ですが、長年会っていない古い友人が、ある罪を犯して捕まりました。

夢を一直線に追いかけるその友人は、私にとっての目標のような存在でした。

「でした」ではないですね、「今も」です。

なぜ友人が罪を犯したのか、なぜ友人が誘惑に勝てなかったのか、話す手だてがない今は全く分かりません。きっとそれを知るのは何年か先になることでしょう。

ただ私は、その友人のかつての行動に勇気を貰いました。時々テレビに映る姿を見ては、自分のことのように嬉しく思っていたのです。

そんな彼が罪を犯しました。

なぜでしょう?

いや、「なぜ」は大事ではないのです。

理由を追及したとて、「今」は変えられません。

「これから」が大事なのです。

きっと彼は罪を償ったあとも、世間の冷たい目に曝されるでしょう。

回りが全て敵に見えてしまうでしょう。

でもそれは違うのです。

あなたには両親がいて、かつて夢を語り合った友が居るのです。

その存在を忘れないで下さい。頼れる人は必ず身近にいます。

そして私は、いつでもあなたの力になりたい、そう思っています。

夢を追い続ける一人の友人として、待っています。

罪を償ったあとも、きっと彼は「夢」を捨てては生きられないでしょう。

しかし罪を償ったからと言っても、もう戻れません。

彼の侵した行動が、ひとつの夢を永遠に叶わないものとしてしまったのですから。

でも思い出して下さい。

映画の話をする度に瞳を輝かせていた、あの少年時代を。


今回のコラムは、その友人に捧げます。


この映画は一人の少女が「母の死」から立ち直り、ひとつの大きな目標をやり遂げる話です。

映画としては良くある題材です。実際はこんなに美しい物語だけでは終わらないはずですが、それでも観る者は己の体験のように気持ちを高揚させ、時には涙して、映画と一体になっていきます。

なぜかは大事ではないのです。

あえて言うなら、それが映画の魔法なのです。


物語を説明すると・・・

オープニング、夜、雨降るニュージーランドを走る一台の自動車。

運転席の母親と、助手席の娘「エイミー」が楽しそうに会話をしています。

しかし突然目の前に現れた暴走トレーラー。

二人の乗る自動車は横転、救出され救急車に乗せられたところでエイミーは気を失ってしまいます。

目覚めたのは病院のベットの上。10年も会っていない父が寄り添っていることに困惑します。

そして母の死を知るのです・・・

父の暮らすのはカナダ。エイミーはここで生まれ、離婚の結果母に引き取られ、この地を離れていったのです。

そんなエイミーが再びカナダで暮らすことに。

世界狭しとあちこちを回っていた生活は一変、エイミーは母の死のショックも重なり、息の詰まる日々。

しかしそんなエイミーの前にあるひとつの出来事が起きるのです。

伐採された森林から拾ってきたグースの卵が孵り、雛になったのです!

エイミーと16羽のグース達の楽しい日々は、こうして始まりを迎えます。

詳しい解説はここまでにしておきましょう。


エイミーは、鳥たちの母になることで大きな悲しみを乗り越えます。

そこには大きな責任も生まれるわけで、彼女にとってはひとつの冒険でもあります。

不器用な父と行動を共にすることによって、失われた絆も徐々に深まります。

でもここで思い出して下さい。

何が重要でしょうか?

父とグースを連れて旅立つこと?いいえ違います。鳥たちの母になること?それも違います。

そうなんです、何事にも切っ掛けがあるのです。

この映画の場合、エイミーがグースの卵を助けたことから全てが始まります。

そう、重要なのは行動を起こすことなんです。

どんなに辛いことや、どんなに悲しいことがあっても、行動を起こさなければ乗り越えることは出来ないのです。


だから思い出して下さい。

どんな時にも、動き出す勇気を忘れない下さい。


私がこの作品を初めて観たのはビデオでした。

今回はDVDを購入したのですが、ある発見をしました。

それは、カナダの自然の美しさ、です。

綺麗な夕焼けや、美しい湿地、そして風のそよぐ草原。

DVDでなければ味わえない臨場感と感動を、味わうことが出来ました。

そしてそのおかげで、以前にも増して感動の涙を流すことが出来たのです。


一生懸命に生きる人の姿は美しいものです。

どうか、この映画を観たあなたも、そのことを忘れないで下さい。

そして、この映画が、あなたの忘れかけていた夢を思い出させてくれることを願います。


さて、感動作の余韻にひたっている皆様、大変申し訳ございません。

次回は思いっきり趣向を変えて、ホラー映画をお贈りします。

でもただのホラーでは終わりませんよ。

きっとあなたを引き込んでくれることでしょう。


次回は、最近マンネリ気味と言われているホラーの中では異色な作品、「TATARI タタリ」です。

レンタル店にも在庫はあるはずですし、DVDは現在2000円の低価格で再発売中です。

大いにネタバレしながらコラムを書きたいと思っていますので、是非是非ご覧になってから、このコラムに挑んで下さい!

9月末にまたお会いしましょう!


それでは、また!


1996年アメリカ映画 106分

監督     キャロル・バラード

脚本     ロバート・ロダット

       ビンス・マックイン

原案     ビル・リッシュマン

音楽     マーク・アイシャム

出演     アンナ・パキン ジェフ・ダニエルズ ダナ・デラニー テリー・キニー

2005年6月11日土曜日

がんばっていきまっしょい

今では死語になりつつありますが、日本映画にはスポコンものと言われるジャンルが存在します。この映画の舞台である1976年は、まさにそのジャンルがブームの真っ最中。

主人公である悦子も、それにもれず熱血漢か・・・と思いきや、至って普通の少女。ちょっと違うのは、一生懸命になると見境が付かなくなる所か。恋に、ボートに一途で。

物語は、悦子が美しい海辺で、海を流れるボートを見つめる所からはじまります。

実は進学校に合格したものの、何をするべきか見失って傷心中。

凪を切って進むボートは、そんな悦子に勇気をくれます。

高校では厳しい担任教師に目をつけられ、せっかく入ろうと思ったボート部は女子部が存在せず。

でも負けません。なけりゃ、作ればいいのです。まさに「がんばっていきまっしょい」。

競技するのに必要な最低限の5人を、何とか確保。しかし何も知らないのは恐いことで、ボートを数メートル運ぶことも出来ず、せっかく海に入っても当然真っ直ぐ進めません。

でも彼女たちは負けません。

最初はバラバラだった動きも徐々に合うようになり、何とか真っ直ぐ進むようになります。

やがて合宿を経て、彼女たちの心もひとつにまとまり、念願の新人戦出場!

しかし結果は・・・


これが前半戦のあらすじです。残りは観ていない人のために触れないでおきましょう。


監督は磯村一路さん。スポコンもの真っ最中の1970年代の終わりに、ロマンポルノ系の映画で監督デビュー。その後約10年はその世界で活躍されます。

1990年代に入ると、折からのビデオブームでポルノ映画は衰退。

ここでひとつの転機が訪れます。

代わりに訪れたレンタルビデオの波に乗り、オリジナルビデオ映画の監督を務めるようになるのです。

そしてもう一つの転機が訪れます。

1994年のJリーグ開幕です。その波に乗り作られたのが「Jリーグを100倍楽しく見る方法!!」

磯村一路さんは、その作品の監督を努めることにより、映画を知らない一般人の間でも一躍有名になります。

「がんばっていきまっしょい」はその3年後に作られた作品であります。

現在の活躍は目覚ましいもので、2003年にはさだまさしさん原作の「解夏」の監督を務め、監督としての地位を不動のものとしました。


この作品の主人公である5人は、撮影当時まだ、役柄と同じ高校生。

主役を務めるのは当時まだ17歳の田中麗奈さん。

初々しさの中にも芯のある演技は、映画観客だけでなく、業界人の間でも話題になり、その後はTV「GTO」や映画「はつ恋」など、多数の作品に出演・主演するに至っています。

脇役の真野きりなさんの演技は秀逸です。

誰かって?きっとあなたも知っているはずですよ。しばらく前に放映されていたTVCM「TOYOTA デュエット」で、あの市原悦子さんと競演し、個性を爆発させています。もちろん映画での活躍も目覚ましく、海外の作品で主役も務めました。

二人とも、今後の活躍に期待せずにはいられない女優と言えるでしょう。


さて私とこの作品の出会いは、ビデオ発売直前の1999年7月。しかし本編を観たのはつい先月のことでした。

そう、手元にサンプルビデオはあったのですが、全く手つかずだったのです。

今思えば、この映画の製作に携わった全ての方に失礼なことをしてしまいました。

これほどまでに、やさしく、勇気を与えられ、泣ける映画だとは思いもしませんでした。

劇場公開当時に出会えなかったことを悔やんで止みません。

しかし悔やむことはもう一つ。

2003年末に、私はバイクで旅に出ました。

目的は、西日本にある3カ所の最南端を巡り、長年の夢であった尾道を散策することでした。いずれ夢の切っ掛けになった映画「さびしんぼう」は取り上げる予定ですが、まだしばらくは他の作品を紹介して行きたいと思います。

話が逸れてしまいましたが、この映画の撮影は愛媛県で行われました。

その中でも特に素晴らしい景色が胸を打つ、ボート小屋のある海岸。

きっと皆さんの脳裏に焼き付いていることでしょう。

実は、その撮影された海岸から僅か数百メートルしか離れていない道路を走っていたのです!

もちろん旅の当時、この映画の内容は全く知りませんでした。

これほどまでに美しい景色を知っていたら、例え100キロ離れていたって訪れたに違いありません。

映画を観なかったことを悔やんで悔やんで仕方ありません。

いつかきっと、必ずその海岸を訪れたいです。

いいえ、きっとその海岸に行きます!


さて映画の内容に話を戻します。

どんなに心が荒んでいても、一生懸命な姿には何よりも心を打たれます。

この映画のほぼラスト。

主題歌に合わせて映し出される5人の必死な姿と、最後に魅せる涙は、きっと一生忘れることの出来ない名シーンでしょう。

このラストのために、1時間45分の前振りがあったと言っても過言はない程です。

勇気をくれるこの映画、観るときっと何かが変わりますよ。


さて前回も触れましたが、7月から鈴木杏さん主演でTVドラマとしてスタートします。

映画は時間の制約上、ボート部の話がメインでしたが、ドラマは原作に書かれているその後の5人の姿も描かれるようです。

今から楽しみで仕方ありません。

それから前回、DVDに付いて触れましたが、現在期間限定で値下げして販売中と言うことが分かりました。この映画を気に入った方、6月末までですので1000円近く安い今の内に是非ご購入下さい。


いつもならここで、次回の予告となるのですが、今回は違います。

個人的なことなのですが、しばらくの間このコラムを休載とします。

長くても7月末までには再開する予定ですので、それまでの間、どうか私のわがままをお許し下さい。

何をするのか?って?

ごめんなさい、今は言えません。再開後も言えないかも知れませんが、いつか必ずこのコラムでお話ししたいと思います。

キーワードは「夢」です。


では、しばらくの間、さようなら。

そして、それでは、また!


1998年日本映画 120分

製作     周防正行

監督・脚本  磯村一路

原作     敷村良子(第4回坊ちゃん文学賞受賞)

音楽     リーチェwithペンギンズ

出演     田中麗奈 清水真実 葵若菜 真野きりな 久積絵夢 松尾政寿 中嶋朋子 白竜 森山良子