2007年8月12日日曜日

河童〜KAPPA〜(紹介編)

映画好きな人が、映画と違う道へと進み、やがて夢を叶える為に映画を撮った。

ちょっとドラマチックな展開は、映画の中の世界。なんて思っていませんか?


邦画がかつてない程に活況を得た今日では、映画に憧れていた芸能人が映画監督と言うもう一つの仕事を経験するには、またとない好環境にあると言えるでしょう。

それは北野武監督等、芸能人でありながら世界に通じる作品を撮る監督が積み上げて来た実績が大きく影響しているのですが、今回お贈りする映画「河童~KAPPA~」が造られた時代にはそのような実績等ほとんどなく、ひとつの賭けに近いものがありました。

この作品には、4年の製作準備と10億円の資金が投入されています。

大きな苦労を伴う石井竜也さんの夢が、音楽での大成功によって現実になったわけです。

そして、今回お贈りする「河童~KAPPA~」を語る上で避けては通れないのは、監督である石井竜也さんのそれまでの軌跡です。


1959年、茨城県北茨城市生まれ。その名前が示す通り茨城県の北端に位置し、隣り合わせているのは映画「フラガール」で有名ないわき市です。

今でこそ茨城県の北側は人口減少等で寂れていますが、監督が生まれた前後の時代は豊富な海と山の恵みに加えて、炭坑等の収入で潤っていました。

映画のパンフレットに記載されているのですが、幼き日の石井竜也さんは父親と共に良く映画を観に行っていたそうです。

映画から世界各国の様々な風景や人間を見、現実の世界では故郷の自然に育まれた少年時代を過ごしていたのではないでしょうか?

小さな頃から父親の影響で絵画を始めた少年はやがて、大学へと進みます。

この頃には日展に入選し、絵画の実力は既に証明済みでした。

時を同じくし、大学のサークルは映画研究会に所属します。このサークルが後の「米米クラブ」へと繋がるわけです。

米米クラブの成功は、皆さんご存知の通りなのでここでは省かせていただきますが、音楽だけでなく複合的なアーティストとしての活躍は、バブルの日本では象徴的な存在だったと言えます。

この華々しい成功が「河童~KAPPA~」の製作へと繋がって行く訳です。


石井竜也さんは以前とある番組で、面白いエピソードを語っていたことがあります。

それは所蔵している映画についてのことです。

あまりに沢山の数のビデオやレーザーディスクがある為に、メンバーに貸す時はノートにつけている、と笑いを交えて語っていたのです。

ノートにつけたかどうかは定かではありませんが、それだけ沢山の作品を所蔵していることは確かです。

実際に映画のパンフレットには5000近い作品を持っていることが書かれていますが、これは劇場公開前、つまり今から13年前の話です。

いったい、今はどれだけの作品を所蔵しているのでしょうね。

それだけ沢山の作品を、目に焼き付けて来た訳ですから、おのずと映画の手法等は習得しています。

実際に「河童~KAPPA~」の中では、映像の撮り方や音楽の合わせ方等で様々なテクニックを駆使しています。

私は現在、本広克行監督と山崎貴監督が好きで、これからも個人的に応援して行こうと思っているのですが、今思えば石井竜也監督の映画と出会っていたから、本広克行監督の作品へと流れて行くことが出来たのかもしれません。

どちらの監督も、映画へのこだわりと、過去の作品への愛情が感じられると言う共通点を持っています。


憧れた映画があれば、当然その作品に似た手法や物語になる場合もある訳で、この「河童~KAPPA~」もスピルバーグ監督の「E.T.」に物語が似ていると言われています。

(石井竜也監督が「E.T.」を好きなのかどうかは不明ですが・・・)

しかし、それはあくまで大まかに似ているだけで、映画の筋は大きく異なっています。

詳細な物語の紹介は次回へと譲りますが、親子3代に渡る親子愛を描いた作品である、と言うことだけは付け加えさせて下さい。


私がこの映画で特に気に入っているのは、音楽の使い方です。

音楽を手がけるのは金子隆博さん。個人的な活動や別ユニット等でも活躍されていますが、米米クラブのメンバーとしても有名です。

同じグループのメンバーであるからこそ、しっかりとした意思の疎通が出来、それが完成度に結びついているのはまぎれもない事実でしょう。

その音楽は、米米クラブのそれとは全く違い、オーケストラでの壮大なスケールで表現されています。

私が特に好きなのは、映画の後半で使用される組曲です。(この部分も「E.T.」に似ている所以です)

場面展開に会わせた様々な曲調が延々と続き、まさに映画のクライマックスと一体となり観る者の目と耳から、直接感情に訴えかけてきます。

この後半は、撮影や編集だけでなく、特に音とのシンクロにこだわって、綿密な打ち合わせが行われていたのでは?と思わせる程に素晴らしい仕上がりである、と私は思います。

既に廃盤となってしまいましたが、この映画のサントラは聴いているだけで、それぞれの場面が思い浮かびます。

それに一役買っているのは、「台詞」と言うおまけが曲の合間にあるからでしょう。

この台詞付きのサントラと言うのも、映画好きならではの発想と、過去の映画音楽へのオマージュが感じられます。


さて、かっぱと言えば日本では特に有名な妖怪です。東北地方等では今でもその伝説が残っています。

ただ残念なことに、実在の動物であると言う証拠はなく、あくまでも架空の存在。

でも、愛されるべくキャラクターであることは、何度も「かっぱ」を題材にした映画が造られていることから証明出来るでしょう。

この夏も、かっぱを主人公にアニメ映画が造られています。

話がそれてしまいましたが、映画に登場するかっぱにはとある秘密があります。

ここで明かすと未見の方の楽しみが半減してしまうので明かしませんが、様々な映画を観た監督ならではの設定であることは確かです。

そしてそのキャラクターは、それまでのかっぱ像とは違う風貌で、驚かされることでしょう。

子供のかっぱ「TEN」は愛くるしいキャラクターですが、その父母は妖怪と呼ぶにも違うし、当然愛らしいものでもありません。

この辺りに、デザイナーとしての石井竜也監督のこだわりが感じられます。


さて、これ以上語ると大切なネタをバラしてしまいそうなので、今回はここまでとします。

次回は、約1年ぶりに「河童~KAPPA~」を観て、ネタバレ編として大いに語りたいと思います。

以前にも書いたことですが、この作品は私の中では邦画BEST3に入ります。

それは今でも変わりありません。

それだけ丁寧に造られ、愛情のこもった作品であると、最後に言わせて下さい。

この映画は過去に2度程ビデオ化になり、レーザーディスクも発売されましたが、現在どれもが廃盤であり、新品を手に入れることは出来ません。

レンタルビデオも、古い作品なので在庫を持っていない店が多いかもしれません。

その代わりに、当時活況であったレンタルビデオの在庫落ちが、中古として出回っています。

しかしながら、こちらも「幻の作品」になりつつあると言う現状を知った方々によって買われていて、なかなかお目にかかることが出来ないかもしれません。

なので、もし手に入らなければ、ネタバレ編を読むのは控えた方がいいかもしれませんね。

いつか「河童~KAPPA~」を手にし観ることが出来た時に、読んでいただければ、私はそれで構いません。


次回は19日の更新を予定しています。


それでは、また!

2007年8月5日日曜日

UDON(ネタバレ編)

一週間のご無沙汰です。

今年、関東地方の梅雨は長く、やっとあけたかと思えば台風の影響で異常な程に蒸し暑い日々が続いています。みなさま、お元気でしょうか?


先日どうしても気になる事があり、ネットで調べものをしました。

それは私の生まれ故郷、千葉県銚子市で何が上映されているか、です。

1月29日のコラムでも述べた通り、銚子市では2006年に2館が閉館となり最後の1館のみの営業となっていたのです。

そう「なっていたのです」なのです。

残された最後の1館も、私の知らぬ間に閉館となってしまっていたのです。

歴史ある映画の火が、とうとう街から消えてしまいました。

最後に閉館となったのは銚子セントラルと言う映画館。

私が1月29日のコラムで触れた、生まれて初めて見た映画「ビューティフルピープル」と「シンドバット」を上映した映画館でもあります。

驚いた事に閉館したのはそのコラムを書いた日から数えてわずか4日目、2月2日。

ひょっとしたら虫の知らせだったのでしょうか。

さらに驚いたのは、2月4日に行われた最終無料上映。最後の作品は「男はつらいよ 寅次郎紅の花」、言わずと知れた渥美清さんの遺作です。

この作品は、私と寅さんの映画館での初めての出会いであっただけでなく、故郷銚子で最後に見た邦画でもあるのです。

これだけの偶然が重なると、映画と私の運命のようなものを感じます。

銚子市の映画館は無くなってしまいましたが、現在大きなショッピングセンターの建設が計画されており、もしかするとその中にシネコンのような形で復活するのでは?と淡い期待を抱いています。

もしそうなれば、これからは故郷の為に足を運ぼうかと思います。

間もなく着工との噂なので、どうなるかは近日中に分かるでしょう。


さて今回お贈りする映画は本広克行監督、映画10年目にして10作目の集大成、故郷の為の故郷による、故郷の映画です。

故郷への並々ならぬ愛情を感じると共に、映画への溢れんばかりの愛情を感じる作品となっています。

どこにそれが込められているかは後ほど述べるとして、まずはストーリーの大まかな紹介です。


ここからはネタバレになりますから、まだご覧になっていない方は是非、レンタルでも構いませんのでご覧になってからお越し下さいませ。


主人公、松井香助はアメリカで夢を追っていました。しかし鳴かず飛ばずの日々は心の空回りと共に僅かな稼ぎをも奪い、失意の中で帰国します。

彼の故郷は、日本一小さな県、四国の香川。

街を歩けば製麺所に当たると言われる程にうどん作りが盛んな街で、彼の実家もそんな製麺所の一つでした。

名前は松井製麺所。

彼は家業が嫌いでした。そして違う道を歩もうと飛び出したのですが、突然の帰国にも姉夫婦や仲間たちは暖かく迎えてくれました。ただ1人を除いて・・・

手先は器用だが、人生には不器用な父、拓富。

息子である香助が、家を飛び出す際に放った言葉を、香助へとつき返し、戒めるのです。

香助は、昔からの仲間の助けのもと一生懸命に動き始めますが、そんな息子は関係なしとばかりに拓富はほとんど会話もしません。

香助が就職したタウン情報誌は香助と仲間たちの思いつきから始まったうどん巡礼記がヒットし、売り上げはうなぎ上り。日本一小さな県は、日本で一番にぎやかな”うどんブーム”の渦中へとはまって行きます。

そしてブームは、小さな影を落とし、その影は徐々に大きくなり・・・

香助はやっと拓富に向き合う決意をしますが、そんな息子の心からの言葉も聞けず拓富は人知れず作業場で他界してしまいます。

たった一人の職人を失った松井製麺所の運命は?そして香助の決意は?


途中に様々な遊びや新たな試みが含まれていますが、決して複雑な要素は含んでいないシンプルな物語です。

あなたはこの映画の後半を、どう感じましたか?

分かり合えない父と息子、と言うシチュエーションは私にはヒットしました。

小さな出来事が一つ描かれるたびに、涙が溢れました。その一つ一つが実話であると聞き、2回目の鑑賞では違った涙が溢れました。

姿を現さない主人への励ましの書き込み、幼き日の回想、香助の前に現れた父の幽霊とのやり取り、そして子供たちの笑顔に満足して去って行く拓富の笑顔と後ろ姿。そのどれもが、からだと心で人間の暖かさ感じ、涙を溢れさせました。

あなたは、涙のある映画についてどう思われますか?

以前「サトラレ」でも述べた事ですが、笑いがあって初めて成り立つものだと私は思います。

ユースケサンタマリアさん演じる香助と、トータス松本さん演じる庄介との絶妙な掛け合いが誘う笑い。その笑いには以前から共演経験がある2人だから成し得たもの。小西真奈美さん演じる恭子は、ちょっと強烈になりがちな2人のコンビに添えた華一輪。薬味のようなもの。

そして涙を流させる上で大切なもうひとつは、物語そのものがシンプルであること。

そう、この映画の大切な題材である”うどん”と似ているのです。


造り上げるには長い時間の手間と苦労をともなう、がしかし、味付けは至ってシンプルな方がおいしい。


どうですか?

映画の製作過程では様々な手間と苦労を伴います。しかし、その映画を良いと感じる人の心が純粋な程、その感動は大きなものになります。

一見ベタな人情劇ですが、本広監督流の変化球でちょっとだけ味付けをし、感動的な音楽と言う器をまとった、分かりやすい物語に仕上がっているのです。

謎解きやミステリー等ではなく、常に”人を心から楽しませる”為の映画造りを心がけている監督ならではの一球勝負です。

そして、この”分かりやすさ”を受け入れられるかどうかが、この映画を面白いと感じるかどうかの境目だと私は思うのです。


私はコラムを書く時はいつも、直前に作品を観ます。

そして感じた事を観ながら要点だけ書き記し、観終えた後にそこから文章を組み立てて行くのですが、今回はとても全てをここに記せそうもありません。かと言って、何回ものコラムに分けたのでは伝わりづらいとも思います。

なのでここから先は、ある一つの考察に絞って、長めに記して行こうかと思います。

どうかお許しください。

いずれまた、本広監督作品を取上げる際には、ちょっとづつ触れてゆきますので。


コラム冒頭でも述べた通り、この映画には本広監督の故郷への愛情と共に、邦画への愛情を感じるのです。

まずは、香助が家族に黙って帰宅する際のやり取り。

どこかで見覚えがありませんか?

そう、「男はつらいよ」でお約束の寅さん帰宅場面です。

香助のリアクションは、帰りづらくてすっとぼける寅さんそのもの。

お遍路さんの後ろから、ひょこっと出てくる姿も、寅さんを彷彿とさせます。

家族と仲間たちの見て見ぬ振り、と言う一見冷たさを感じる対応も、実は愛情の現れ。玄関を開けて入ってくる香助に対してするわざとらしいリアクションも、とらや(くるまや)御一行と全く同じ。

それだけではありません。

「男はつらいよ」では定番となった”夢落ち”まであります(オープニングではないですが・・・)。

食べ物を扱う店が主人公の実家と言う設定も、近所の人が集う店と言う設定。

そしてそのどれもが「男はつらいよ」へのオマージュである、と私は思うのです。

監督がどうしてこのような設定にしたのか私には分かりませんが、少なくとも自分に影響を与えた多くの映画への愛情が、そうさせた、と言えるのではないでしょうか。

監督の過去の作品にも、八千草薫さんや金田龍之介さんなど邦画に貢献した役者が出演している事からも、伺えるかと思います。

そしてもう一つ、決定的な証拠と私が位置づけている事があります。

それは本広監督おなじみの手法、作品をまたいで登場するお約束キャラクターの数々です。

この映画にも沢山出演しています。

「サマータイムマシンブルース」のズッコケ3人組ことZ3は印象的でしたが、実は目立たずに出演している数多くの中の1人に、その鍵があるのです。

役名は、坂下。

「踊る大捜査線 THE MOVIE」で、警視庁副総監を誘拐した主犯。

「UDON」ではきちんとした設定があるようで、「踊る大捜査線 THE MOVIE」当時少年だった坂下は短い期間で少年院を退院。その償いのため四国八十八ヶ所巡礼の旅に出たが、いつしかうどんにはまってしまい、うどん巡礼の旅になってしまった。と言う事らしいです。

しかし私が注目したのはその設定ではなく、坂下を演じている役者の事です。役者に鍵があるのです。

どこかで見覚えがありませんか?

そう、くるまやの従業員”三平ちゃん”こと、北山雅康さん。

「男はつらいよ」シリーズ40作目以降出演されていた役者なのです。

どうです?本広監督作品にいくつか出演していた事は抜きにしても、単なる偶然とは違う気がしませんか?


「男はつらいよ」は日本の国民行事にも等しい存在でした。言い換えれば毎年必ずある”お祭り”みたいなもの。

そのお祭りが失われて、はや10年以上。

ひょっとしたら、本広監督は故郷への恩返しとして、香川県のお祭りになる映画を作ろうとしたのではないでしょうか?

そして劇中の台詞「けど、終わらん祭りはないから」が最後でひっくり返されるのと同じように、この映画「UDON」が故郷香川にとって、時代を超えても愛される”終わらない祭り”になってくれる映画を目指したのではないでしょうか?


いつか本広監督に会えたなら、ぜひこの事を聞いてみたいと思います。


いかがでしたか?今回のコラムは。


さて次回紹介する作品と、その次の作品も、故郷への愛情が沢山詰まった映画です。

残念ながらどちらの作品も現在は入手が難しいので、「紹介編」と「ネタバレ編」に分けて紹介したいと思います。

そのどちらの作品も、私の愛する映画(「覚え書き」参照)です。

次週は石井竜也監督作品「河童」、その次はすずきじゅんいち監督作品「秋桜 ~コスモス~」をお贈り致します。


来週には間違いなく更新致しますので、お楽しみに!!


それでは、また!



映画データ


2006年日本映画 134分

監督            本広克行

製作            亀山千広

プロデューサー       織田正彦

              前田久閑

              安藤親広

              村上公一

脚本            戸田山雅司

音楽            渡辺俊幸

撮影            佐光朗

照明            加瀬弘行

録音            伊藤裕規

美術            相馬直樹

装飾            田中宏

編集            田口拓也

アソシエイトプロデューサー 小出真佐樹

VFXスーパーバイザー    石井教雄

VFXディレクター      山本雅之

監督補           波多野貴文

助監督           藤本周

製作担当          巣立恭平

キャスティング       明石直弓

出演            ユースケサンタマリア 小西真奈美 トータス松本 升毅 要潤 片桐仁 永野宗典 小日向文世 木場勝己 鈴木京香 他

2007年7月29日日曜日

UDON(あらためて紹介編)

みなさま、だいぶご無沙汰してしまいましたが、ようやく復活致します。

楽しみにしている方には、ここ3ヶ月程大変ご迷惑をおかけ致しました。これからの頻繁な更新に変えて、どうかお許しくださいませ。


リニューアル後の初コラムと言う事なので、あらためてこの「極私的感涙映画評」の特徴をご紹介させていただきます。


基本的に「ネタバレ」です。

過去にビデオやDVD、スクリーンで観て好きになったり泣けたりした作品を、自分なりのチョイスで

紹介して行きます。

特に気に入っていたり多くを語りたい作品は、「紹介編」「ネタバレ編」とに分けています。

中には基本から外れたりする場合も多々ありますが・・・


先ほど、これまでどれだけの作品を紹介して来たのか気になって、ふと数えてみました。

一回のコラムで、別タイトル複数作品を紹介しているものを除くと、現在までに59作品を取上げていました。

と言う事で、今回は晴れて60作品のご紹介!!

と、言いたいところですが、今回紹介する「UDON」は昨年夏の終わりに「紹介&初日舞台挨拶編」と言う形で、主に初日舞台挨拶を紹介させていただいたので、初めてではないのです。

つまり60作品目は次回、です。

その記念に何を紹介するかは・・・次回のコラム、最後のお楽しみと言う事で。


人間は、決して目立たない人でも、その人間性に魅かれて多くの仲間が集まります。

私は、本広克行監督はその最たる例ではないか、と思うのです。

ヒット作を沢山生み出す映画監督が同じ仲間と共に作品を造り上げる事が多いのは、監督の人間性も少なからず影響していますが、本広監督はまさにその代表例だと私は思うのです。

作品をひとつ生み出すごとにその仲間は膨れ上がり、次の作品ではそれまで不可能だった事を可能にしてしまうのです。

分かり合った仲間が、監督の意思を感じながら己の技術のすべてをつぎ込む、そう例えれば分かりやすいでしょうか?

この「UDON」でも、監督の意思を感じた仲間たちが、素晴らしい仕事を見せています。

主人公の父親が営む「松井製麺所」は、貯水池の横に何十年も前から建っているように見えますが、実はそこに建てられたオープンセットです。

しかしながらそのセットは普通に家として機能するばかりか、建築上も耐えうる設計がされているそうです。

まだ映画をご覧になっていない方には分からないかもしれませんが、家の形から、そのたたずまいまで、まるで違和感が無いのです。

言われなければ、セットとは全く分からない程に完成度が高いのです。

見えるところさえきちんと造られていれば完成度は問題じゃない、と言う方もいるかもしれませんが、私は違うと思います。

役者にとっても、演技の空気を造る為に必要不可欠な要素では無いでしょうか?

この家にこだわりをつぎ込んだのは、美術の相馬直樹さんです。

以前紹介した「交渉人真下正義」のクモや「サマータイムマシーンブルース」のタイムマシンを設計製作された方です。

あのクモやタイムマシンを観れば、まだ「UDON」をご覧になっていない方にもその完成度が想像出来るのではないでしょうか。

本広監督の大切な仲間の仕事は、形として目に見えるものだけではありません。裏方でも最も裏方でありあまり紹介される事が無いのに、映画命を生み出し、輝かせる仕事「編集」もそうです。今までに何度か紹介している田口拓也さんの存在は、これまでの作品以上にかなり大きいと言えるでしょう。

「UDON」の中ではマルチ画面が時折使われます。それが物語の進行上必要不可欠なのは、観ていただければ分かるのですが、映画ではあまり使われないテレビ的な手法です。詰め込む情報量の多さにそのような選択になったのでしょうが、これには相当苦労されていると思われます。

何せ、一画面に4~5個と言うレベルでは終わらないのですから・・・

加えて本広映画では良く行われる「ダイナミック」な時間の操作も、今回は多用されています。

「サトラレ」でクライマックスに使われたスローモーションと普通の動きのリニアな変化は今回も健在なばかりか、印象的に何度も使用されています。

そしてシナリオ通りに造ると3時間を越すと言う内容量は、その下準備から含めるとかなりの労力を要したに違いありません。

それも、これまでほとんどの本広映画で編集をされていた田口さんだからこそ出来た技、と言えます。

他にも触れたい本広監督の仲間が沢山いるのですが、今回はネタバレ厳禁なので次回や次の本広監督作品に譲りたいと思います。


さてこの映画を紹介する上で、もっとも触れなければならないのはその舞台となる場所です。

香川県。

どこ?と言う方も少なからずいるはずです。関西以西ならいざ知らず、関東以北には馴染みの無い場所です。

四国でまず思い浮かぶのは?と知り合いに聞いたところ、多くの知り合いは高知を挙げています。香川を挙げた人はごく僅かでした。

歴史上に名を残す人物、坂本龍馬がいるから高知を挙げるのは仕方が無いにしても、愛媛のみかん、徳島の阿波踊りに比べれば、香川には目立つものが無いと思われがちなのです。

それもそのはずです。実は、さりげなく生活に忍び寄っているのですから。

通信販売で有名なセシールは、香川に本拠地を置きます。それから冷凍食品で全国的に有名な加ト吉もそうです。

目立つ事よりも役立ちたい、そんな精神が垣間見える気がするのは私だけでしょうか?

香川県は47都道府県でもっとも小さな自治体です。それゆえに人口も少なく、埼玉県の県庁所在地であるさいたま市をも下回るのです。

しかしながらそこに存在するうどん店は・・・


おっとこれは映画のオープニングで、シンプルかつ分かりやすく紹介しているので、触れないでおきましょう。

以前の「紹介&初日舞台挨拶編」でも紹介済みですが、香川県は本広監督の故郷です。

故郷を舞台にするからには、その気合いは半端ではありません。

東京から香川に何度も訪れ、まずはプロデューサーを説得し、その後もシナリオハンティングや、ロケーションハンティング、そしてうどん巡礼もかねて(笑)、最終的には映画に登場するシーンのほとんどを香川でロケしています。(一部CGシーンやセット内もありますがロケ比率はかなり高いと言えます)

実際に存在する店が登場するだけではなく、本物の店主が役者と演技をし、リアルと嘘の境目を消す事にも成功しています。

故郷に貢献した映画、それが「UDON」なのです。

実際、香川県では観客動員の記録等を塗り替えた、香川県の記念的作品になりました。

それも、本広監督の、故郷への溢れんばかりの愛情が生み出した結果と言えるでしょう。


さて、これ以上書くとネタバレになる事が必至なので、今回のコラムはここまでとし次回の「ネタバレ編」に譲りたいと思います。


次回の更新は8月5日を予定しています。


それでは、また!

2007年5月26日土曜日

ピースメーカー

・・・今回はネタバレ注意・・・映画本編をご覧になってからお読みください。


皆様、お久しぶりです。

またしても1ヶ月ぶりのご無沙汰となってしまいましたことをお許しください。

特別忙しかった訳でもなく、休日は家に居ることが多いのですが、今イチやる気が起きずズルズルと引きずってしまいました。

理由は分かっています。バイクです。

思いついた時に気軽に出かけられ、旅先でも道の間違いを気にせず走れるバイクに乗れなくなってからはや1年。今年の桜の旅は、小規模なものに終わってしまいました。

今の私は、「バイクが欲しい!」熱と、「旅に出たい!」熱が脳を侵しています。

2週間前には本気で購入する(貧乏なのでローンですが 笑)気になって、バイク屋に足を運んだ程です。

残念ながら、狙っていたバイクが売れてしまったので、また振り出しなのですが・・・

どうやら今年は、これの繰り返しに終始しそうです。


「ピースメーカー」は今から10年前、1997年の作品。スピルバーグ監督が2人の実業家と共に造ったドリームワークス映画の最も初期の作品です。

監督は、コラムでは2度取上げたミミ・レダー。TVシリーズ「ER」での演出を買われ、この映画が初監督作品です。2作目「ディープインパクト」3作目「ペイ・フォワード 可能の王国」が繊細な作品であるのに対して、この作品は非常にダイナミックです。

映像と音楽に緩急をつけ緊張感を生み出す序盤20分は、観る者を引きつける魅力を存分に発揮しています。

ガンマニアの間では間違いを指摘されていますが、私たち素人が観る分には全く問題がなく、むしろその間違いが緊張を高めるひとつになっている気もします。

何が間違っているのか?

それはここでは述べないでおきましょう。探してみて下さい。

さて序盤を過ぎると、緊張感みなぎるアクションとハンス・ジマーの激しい音楽も止み、一見地味な印象を拭えません。二人の主人公の駆け引き中心に展開が変わっていくのです。

責任者になったケリー(ニコール・キッドマン)と、手助けの為に軍上層部が呼んだ問題児デヴォー(ジョージ・クルーニー)。大任での初めての指揮に戸惑いながらも自己流に物事を進めようとするケリーに、食って掛かるような印象さえ与えるデヴォー。知性あふれる「机上論」のケリーに対して、事実と勘で動く「現場」のデヴォー。

そんな二人がいきなりかみ合う訳がありません。

しかしこのシーンが現代社会の縮図でもあり、映画後半で語られる人種問題への布石にもなっている、と私は考えます。

東欧へ向かう専用機機内での駆け引きは、互いの持論を静かにぶつけ合い探り合って、一見溝を深めているようにも見えます。

でもこのシーンは二人が理解を含める切っ掛けであり、事務方と現場との歩み寄りにもあたるのです。

ここでデヴォーは現場ならではの意見を述べます。

「善玉と悪玉」の話です。しかしケリーの口から語られたのは、事務方らしからぬ発言でした。

「罪の無い人を殺して、胸の怒りと不満、憎しみをぶつけるの」と。まるで現場を見て来たかのような、そして女性ならではの発言です。

さらにケリーの最後の一言がデヴォーを納得させた、と私は思っています。あのデヴォーの視線は、きっとそう語っています。

そんなケリーの言葉を証明するように響く悲しい旋律とともに、見える東欧の現実。戦争の傷跡が痛々しいボスニアの姿。

破滅によって主義主張を訴えようとする男デューサンの荒み悲しむ心を写しているかのようにさえ思えるその旋律は、ハンス・ジマーの激しい音楽とは対照的で、この手の映画ではあまり触れたがらない私たちから見た「悪玉」の心を見事に表現しています。

ちょっと話がそれますが、私がなぜこの映画が好きなのか?を触れさせて下さい。

この映画は戦争映画ではないけれど、当時の世相を反映しつつ、実は戦争よりも恐ろしい事実が世界のあちこちで起こっていると訴えています。そのメッセージは、派手なアクションの陰に隠れて見失いがちです。

スパイ映画ばりに世界のあちこちへ飛び回りテロリスト相手に戦いを繰り広げますが、その反面、先ほどのデューサンの心を伺わせるシーンもきちんと描き、何が善で悪であるか?が昔程簡単ではない事を理解させてくれる映画であると思うからなのです。

事実、911テロを巡る世界各国の思惑とは相反するように、人類はテロを引き起こす国の実情を見て同情しています。もちろんテロ行為は許されない事ですが、なぜそうなってしまうのか?と言う本質を見るようになったのではないでしょうか。

そういった意味では、この映画は「商業映画」としての派手さを保ちつつ「メッセージ」の込められた作品と言えます。


物語中盤では、見えない敵を探る二人の奮闘がメインとなります。

特にオーストリアでのカーチェイスは、この映画での売りのひとつになっています。

私には、カーチェイス後にデヴォーが悲しみに暮れるシーンを引き立てる為にここまで派手なシーンは必要ないかなとも思えるのですが、これも商業映画の宿命なのでしょう。

物語中盤ではデューサンも頻繁に登場します。初めて観る方へは、この映画の見えない結末を導きだす役割でもあるのですが、何度も観ている方へは「なぜその覚悟を持ってまで行動を起こすのか」が見えてくるシーンでもあります。

特に、時間にしたら1分にも満たないピアノを弾くシーンは、忘れられません。

これまでに受けた己の悲しみと、これから起こそうとする行動への迷いが交錯する、あの表情。

テロを起こす側にも、人間の心があると言う事を端的に描いています。


核弾頭を積んだ車両を発見した二人は、いよいよ行動を起こします。

他国へ踏み入る「内政干渉」です。

煮え切らない国の上層部にしびれを切らしつつも、それまでに二人が築いて行きた信頼関係がはっきりとしてきます。

「核弾頭が運ばれるのを黙って見ていられるのか?」とデヴォーが語る台詞は映画の台詞としてだけでなく実世界とも被る程に大きな説得力があり、やむなくケリーは送り出します。

このシーンは現在多くの国が抱えている問題を提起しているとは思えないでしょうか?

平和の名の下に許されるとしている、他国への干渉、特に軍事干渉がどうあるべきなのか?

一刻も早く「核弾頭」を確保したい現場のデヴォーと、問題を大きくしないでなんとか解決させようと戦争責任まで背負うケリー。

どこかが攻撃される(またはその脅威にさらされる)前に、それを抑えるため軍事侵攻(この映画の場合理由が何であれ、他国の兵器が国境を越えるので)する事が許されるのだろうか?

難しい問題です。

アメリカは過去に何度かそのような行動を起こしています。そしてどれもが結果的には失敗だったと、私は思います。

なぜでしょう?実際に見た訳でもない私には断言出来ませんが、そこに相手を思いやる心が無い事が一番の理由だと思いませんか?

軍事行動に心なんて意味が無い、それも事実です。

しかしそこへ行くまでの道のりの途中に、何度もその心を思いやる機会があるはずなのです。

なのに道のりの途中では双方の利益ばかりを追求するがために最大限の努力は伴わなく、結局武力で最大限の圧力を発揮してしまう。

この愚かさが、悲しみの連鎖を生んでいるのです。

出来る事なら、デューサンは核を背負ってアメリカを恐怖に陥れたくはなかったはずです。

家族の墓参りをするシーンでも複雑な表情を見せている事から、明らかです。

物語後半でケリーたちに送られたビデオによる声明文は、デューサンの痛々しい心を押し隠し、世界の間違いを短くはっきりと伝えています。

「争いと分断を生む無意味な「平和の維持」に対して、「平和を生み出すもの」を贈る。」

言葉だけでは恐ろしさが伝わりませんが、平和の維持を「他国の軍隊と武器」に置き換え、平和を生み出すものを「核兵器」に置き換えたらどうでしょう?

その恐ろしさは計り知れません。

たったひとつの核弾頭だけで、数十万人を一瞬にして殺傷。

「そこまでしなければ、お前たちは間違いに気づかないのか?」デューサンはそう訴えているのです。

もちろん、その方法は間違っています。

しかし実際はどうでしょう?

911テロで、初めて自国に攻撃を受けたアメリカ国民は当初、テロへの憎悪を抱きました。それが他国への軍事干渉(この場合私は戦争だと思っていますが)へと結びつくのですが、結局その解決方法が間違いだったと後に気づきます。

「そこまでされなければ、間違いに気づかなかった」のです。

双方の国にとって、悲しい歴史になってしまいました。多くの犠牲がはらわれました。

だからこそ、その教訓を生かさなければならないはずなのです。

だからこそ、デューサンは攻撃された立場の痛みを持って、その決意と換えて挑んだ訳です。

デューサンが争いを望まない人間であるのは、ここまで映画を観て来た人に取っては明らかです。

テロを起こしてはいるのですが、平和を心より望んでいる人間なのです。

繰り返しますが、テロは決して許される行為とは思っていません。

しかし人間は間違いを起こします。

その間違いを真摯に受け止める姿勢が必要だ、とデューサンは訴えているのではないでしょうか?


ニューヨークでのパニックシーンは、アメリカならではの迫力です。

しかしミミ・レダー監督はその中にも、問題点を含ませています。

これは今となって言える事ですが、911テロ後の過剰なまでの自己防衛とオーバーラップするシーンがあるのです。

犯人の特徴であるバックパックを持つ人を無差別に押さえ込み、中身を検査する。

以前紹介した「エグゼクティブ・デシジョン」は、911テロの土台になったのでは?と騒がれましたが、「ピースメーカー」はむしろ未来を予見していたと言えるのではないでしょうか。


多くのアメリカ映画と同じで、この作品のラストは「大惨事」では終わりません。

核弾頭の起爆解除等、緊張漂うシーンの連続で観る者の手に汗握らせ、無事解決と終わらせているのですが、私には決してハッピーエンドだとは思えません。

この映画の場合娯楽大作と言う前提があるのですが、爆発してしまっては敵意をあおるだけですし、それまで訴えて来た隠れたメッセージは意味を持たなくなってしまいます。

倒れるデューサンを前に、デヴォーの発する言葉にも大きな意味があります。

「我々の戦争ではない」・・・先進国が陥りがちな無責任な発言です。

「そうかな?」・・・・・・・この言葉の意味は非常に重いのです。

核爆発は抑えた、しかし首謀者は死に本当の動機は永遠に不明。

そして、観る者に何が善で何が悪であるか?よりも大切なものがある、それを考えて下さい!そう訴えているのではないでしょうか?


最後になりますが、私はこの映画の続きが観たいと思っています。

もちろん製作されていないので無理なのですが、この大惨事を未然に防いだ二人の心にどんな変化があって、その後どのような活動をしているのか?を観てみたいのです。

どうでしょうね?

社会派のミミ・レダー監督なら、映画になるかどうかは別として、考えている気もするのですが・・・


今回は娯楽大作に隠れたメッセージを紐解いてみましたが、いかがでしょうか?

次回とその次は時代と共に変わりゆく戦争映画を、紹介して行こうかと思います。

次回は同じくドリームワークス映画の「プライベートライアン」

この作品は、簡単な紹介など不必要でしょうね。スピルバーグ監督の代表作のひとつです。

もうひとつは1994年の作品「ブローンアウェイ ~復習の序曲」です。

こちらに関しては、娯楽大作、そしてMGM映画設立70周年記念作品として造られた割には、あまり知名度が無く、ネット上でもそれほど評価されていないのが実情です。あまり日の目を見ていない作品ともいえるのです。

こちらに関しては、私の好きなある映画との共通点等を織り交ぜて紹介したいと思います。

どちらも、今回と同じくネタバレ全開で行きますので、皆様も予習を忘れずに!

「プラーベートライアン」は1500円で、「ブローンアウェイ ~復習の序曲」は期間限定で1000円で販売されていますので、是非ご覧になって下さい。


それでは、また!



映画データ


1997年アメリカ映画 124分

監督 ミミ・レダー

脚本 マイケル・シーファー

撮影 ディートリッヒ・ローマン

音楽 ハンス・ジマー

出演 ニコール・キッドマン ジョージ・クルーニー マーセル・ユーレス アレクサンダー・バルエフ 他

2007年4月25日水曜日

フラガール(ネタバレ後編)

・・・今回はネタバレ注意・・・映画本編をご覧になってからお読みください。


三週間のご無沙汰です。

毎度の事ながら、楽しみになさっている方にご迷惑をおかけしている事、どうぞお許しくださいませ。

さて、関東地方では桜もあっという間に終わり、今は東北地方の中央が満開の状況ですね。

先週の「おわびとお知らせ」で、フラガールのロケ地を旅したと書きましたが、実は別の目的の旅だったのです。

本当は福島に咲いている桜を見る為で、ロケ地の手がかりだけ探れれば良いかと思っていたのです。

しかし前日の夜、親友と酒を飲みながら、また「フラガール」を見てしまった事が私の心に火をつけて(笑)、さらに大きな偶然が重なり、結局「桜」と「フラガール」が半々の旅となってしまったのです。


今回は、いつもとちょっと違った「極私的感涙映画評」をお楽しみください。


まずは「偶然」からお話ししましょう。

私が福島の桜を観に行く時は、たいてい2つの国道のどちらかを利用します。それ以外の国道の場合、桜の開花状況の為に効率よく回れないからです。

そして今回はその国道を使った事が、まず第一の偶然の始まりでした。

それは茨城県内での話です。

ついでとは言え前もってロケ地の情報をパソコンの地図に入れておいて、だいたいの住所は掴んでいたのです。もちろん当日はパソコンを抱えての旅です。

茨城県東部は、鹿嶋から北上すると水戸を越えてしばらくするまで山がありません。

山の間を走るのは結構気を使うので、それまではゆったり構えて運転しているのですが、ある畑の間を走っているとき偶然目にした、住所を記した信号にある標識が無性に気になったのです。

もちろんすぐに愛車を止め、地図を開きました。そしてその場所が、調べておいた住所と一致した事が分かったのです。となれば、もう行くしかありません。

国道を逸れると、ほどなく散歩している地元の人を見つけました。

「この近くに木の橋はありませんか?」

との問いかけに、

「このまままっすぐだよ。」と言われたら、もう心臓の高鳴りはやみません。しかもこの場所は、5年前から何度も走っている国道のすぐ近く。

こんな近くにロケ地があったのかと思うと、悔しいやら嬉しいやら複雑な気持ち。

などと考えていたら、あっという間に土手を越え、木の橋が見えてきました。

菜の花が土手一面に咲き誇る、美しい景色です。

しかし「やった!」と思う間もなく、ここは違うと悟りました。橋を取り囲む風景が明らかに違うのです。

ならばと、その橋を越え先へと進みます。しばらく民家の間を走ったでしょうか、右手に土手が見えるのでそちらへ向かう事としました。土手を越えると自動車1台がやっと通れる狭い道。対向車が来たらどうしようと思っていると、そういう時に限って来るんですね(笑)しかし地元の人なのか、隙間を見つけ避けてくれたので、私は先へと進みます。

そしてその対向車への気遣いが、感動をくれたのです。

橋は見えていたのにすれ違いに気を取られていて、手前に来るまでロケに使われた橋だと気づかなかったのです。私の走って来た方向が劇中に登場する場面の反対側と言うのも、気づかなかった要因だったのですが・・・

枕のように敷き詰められた木の上を「ガタガタ」と音を立てながら走り、橋を越えます。そしてすぐに左折して愛車を止めました。視線を上げるともうひとつの土手。その先に見えるヒントが、この場所がロケ地と確信させてくれました。

もし行かれる方がいたらなるべく探す楽しみを体験して欲しいので、具体的な場所と「ヒント」はこちらには書きませんので、どうかご了承くださいませ。

ただ・・・とあるシーンで写る「もの」がヒントとなりますので、しっかりと目を凝らしながら「フラガール」をご覧になって下さい。

写真を見たいですか?こちらのページに載せることも可能なのですが、デザイン的に見栄えが悪くなるので、是非私のもうひとつのサイト「きまぐれ写真館」の「フラガールの旅」と言うコーナーをご覧下さい。

私は今までいくつかのロケ地を探し歩いたのですが、ここまで簡単に見つけられたのは初めてかも知れません。しかも、何度も走った道のすぐ近く。これを運命と言わずして、なんと言うでしょう。

しばしそこに留まり、対岸の桜を撮ったり、土手の上に行ってもう一度ヒントを確かめたりして過ごしました。

そこで気づいたのですが、木の橋はまだ他にもあったのです(笑)

これじゃ、地元の人に聞いてもどの橋を教えられるか分かりませんよね。

「仕方ないか」そう思ったのは言うまでもありません。

さて先を急ぐ旅、あまりゆっくりはしていられません。何よりも、夕べ映画を見てそのまま眠らずに出発したので、なるべく早く帰宅しなければ体力的にもきついのです。私は感動を引きずるようにその場を後にしました。

そこからはいつもの桜の旅。去年夕暮れ間近でギリギリに観られた桜を、晴天の下でじっくりと観ることが出来ました。その次の桜は、あるお寺にある桜。こちらも相変わらず美しい姿で咲き誇っていました。

その町にある他の名所を回ると、すでに午後2時を回っていました。本当ならもう家に戻っている予定の時間です。しかしここで終わる訳には行きません。

当初探すつもりでいた場所は、この町に近いのです。あの橋を見つけたのに、ここで帰る訳には行きません。眠気もない事だし、探す事に決めました。

走る事1時間。途中のコンビニで遅い昼食をとり、この町にあるはずの場所を探し始めました。目指すはその公民館。しかし愛車はすぐに町外れへ。一気に風景が寂しくなります。

まさかと思い引き返すと、さっきのコンビニより少し手前に役場があるのを発見。そこで情報を収集しようとしたのですが、あいにくの土曜日で静まり返った役場を後に、もう少し引き返す事としました。

役場から1キロ程戻ったでしょうか、左手には小学校と中学校、右手に町の施設らしきものを発見。曲がって入ってみると、そこが公民館でした。

あとは足で探すのみ。閑散とした駐車場に愛車を止め、施設の奥へと入って行きます。

そして、たった十数歩歩いただけで、いとも簡単に目的の場所が見つかったのです。

なんと言う偶然でしょう!その場所は、桜の旅でいつも走っている国道からチラッと見える場所に立っていた事を知り、2度ビックリです。橋と言い、この場所といい、ロケされる以前から知っていた場所にあったのです。

さらに、建物をグルッと回ると、映画そのままに「常磐音楽舞踏学院」の看板が残されているではありませんか!!

さらにさらに、入り口には、「見学の方はこちらへご連絡ください」と書いているのです。そう、鍵はかかっていますが中に入ることが出来るのです。事前の調べでは見学不可になっていたので、これはもう驚きでした。

早速電話をかけるのですが、誰も出る気配がありません。一度切って、施設のまわりを写真に収めながら歩きます。感慨ひとしおです。劇中では、ここでいくつものドラマが生まれています。

私は、その場所に立っているのですから。この興奮は、ロケ地を訪れた事のある人にしか分からないでしょうね。

しばしその場で感慨に浸って、再度電話をかけてみます。

残念ながら、誰も出ませんでした。土曜の午後と言うのがいけなかったのでしょうね。

しかしもう場所は分かりましたし、見学出来る事も分かりました。

次はきっと中に入ると心に近い、その場を後にしたのです。

こうなればもう、残りのロケ地も探すしかありません。眠気なんて、もう何処へやら。

私は最後の目的地、茨城県の北部へと愛車を走らせました。

北茨城に入ったのは、夕闇が迫りつつある午後5時近く。

あらかじめ調べておいた場所へ向かって走るのですが、地区名がなかなか把握出来ず何度も行ったり来たり。ここは行き過ぎだ、ここはまだだと繰り返す事数回。やっとその町へと入る事が出来ました。

少しずつ暗くなって行く空に焦りを感じながら、止まっては進みをさらに繰り返します。少しずつ近づいている実感が湧いてきます。しかし興奮はなく、むしろ落ち着いていたのです。

この地名はロケ地の隣だ、と分かった時、突然興奮が心の底から吹き出してきました。

そしてすぐに、地名がそのまま名前になった商店を見つけたのです。

「ここだ!」そう悟った私は、すぐに横道に逸れました。とりあえずどこかに止めて歩いて探そう、そう判断したのです。そして緩やかな坂の途中にある空き地に愛車を止め、そのまま坂をあがろうとしたのですが・・・

そこから火の見やぐらが見えたのは気になっていたのですが、なんと、空き地のすぐ上がロケ地だったのです!

しかも小さなプレートがたてられ、そこがロケ地である事がすぐに分かるようになっているのです。

「七坑区世話所」そう書いてありました。

どうやらここは、普段は使われていない施設らしく、映画ファンの為に残してあるセットのようです。なので当然、勝手に入れないように小さなコーンを立ててありました。もちろん私は中へは入らず、そのまわりを写真に収めながら歩きます。

その場所は、映画そのままのセットと、今も人が生活する住宅が違和感無く溶け込んだ、不思議なロケ地です。

「七坑区世話所」のもうひとつ上には、劇中何度も登場するY字路の間にある古い建物。劇中では何をする場所なのか分かりませんでしたが、現場に来てもやはり分かりませんでした。中が見えないよう目張りがしてある事から想像すると、休業中の何かの店なのでしょう。

その時私は舞い上がっていて混同していたので、まどかの住宅と紀美子の住宅両方を探してしまったのですが、結局このロケ地にはその片方しか無く、しかもDVDを持ってこなかった為に全く分からず仕舞だったのです。

それはもう後悔をしました。ストーブのシーンも、きっとここでとられたはずなのに、確かめる術がありません。

家へ帰ってから、さらにもっと悔しい思いをしてしまったのです。

みなさんは小百合の父の葬列が歩いた道を覚えているでしょうか?後ろの小さな丘の上には住宅が並び、葬列の向こうには、ちょっと倉庫の出っ張った住宅が移っているあの場所です。

私は、気づかずにそこを歩いていたのです!

撮影の視線とは違い、歩行者の視線だったので、全く気づかなかったのです!

本当に、悔しい思いでした。写真に収められなかっただけでも悔しいのに、同じ場所を歩いていたのですよ!

次は絶対に、写真に収めよう。そう心に念じて、諦める事にしましたが、やはり悔しい(笑)

話は変わって、あちこち歩きながらある事を感じました。この住宅には猫が多いのです。

と同時に、おばあさんが1人で家へ入って行く姿を見て、高齢化の進んでいる地域なんだなと実感しました。きっと猫たちは、寂しい老人たちの同居人なんだな、と。

そう思うと、夕闇に包まれた静かすぎる住宅で、ひとり悲しくなってしまったのです。

でも、悲しんで入られない。

まだ望みがあるかもしれない、そう思い再び愛車に乗り込み、もうひとつの住宅を探そうと動き出したのです。

そして気づいたのですが、この場所に隣接する県道も、実は過去に訪れた事があったのです。

そう、このコラムを読まれている方にはご存知の「河童」のロケ地は北茨城。

劇中登場の天神沼(この名前は実在しません)から直線で5キロも無い場所だったのです。

当然、何度も探した場所で、その住宅の前の道路も走っていたのです。

ここまで偶然が重なると怖いものですね。

しかし残念な事に、次の偶然はありませんでした。もうひとつの住宅は見つからなかったのです。

いや、見つからなかったのではなく、時間がなかったと言った方が正解かもしれません。

そして私は、北茨城を後にし、帰路につきました。

水戸を過ぎてから、家までの記憶が全くなかったのは言うまでもありません。

いくつもの興奮の後、眠気が波のように襲い、かなり危ない帰路になってしまったのでした。


以上が今回のロケ地の旅の全貌です。探す興奮を、少しでも味わっていただければ幸いです。

そして、まだ訪れていない場所を探す為に、近いうちにもう一度ロケとの旅を実施する事をお約束して、今回の報告を終わりとします。


さて、以前紹介した「甦える大地」の際に、「フラガール」と絡めて地域再生の鍵を書こうかと思っていたのですが、延び延びになっていました。

日本の何処にも言えるのですが、地域には何かしらの特色があります。

それが自然であったり、歴史であったり、あるいは産業だったりします。

長い間、それに頼り切った生活をしていると、抜きん出てくる他の地域に強い印象を奪われ、その地域は衰退して行く事があります。

「フラガール」の舞台であるいわき市は、炭鉱の町から見事に脱却し、一大リゾート地となりました。

新しいものを受け入れる土壌が、そこに出来上がっていると言えると思います。

だからこそ、このような映画が撮られたのであって、それに伴いどんどん変化して行っているのだと思います。

以前何度か触れた事があるのですが、このいわき市にもフィルムコミッションが存在します。

活動を始めたのは映画のロケが開始される3年半前の事です。全国フィルムコミッション連絡協議会が設立されて間もなく、いわきにも誕生したのです。まだ日本では馴染みの無い時期に、思い切った決断だったと思います。

しかしその決断が実を結んだ訳です。

もちろん映画のヒットと言う大きな成功があってこそ、初めて注目される「日陰の活動」ではあるのですが・・・

さて、フィルムコミッションが設立出来る場所には、ある一定の法則らしいものがあると言う事です。

いばらきフィルムコミッションのような県での活動は別として、市等による小さなフィルムコミッションがある地域は、必ずと言っていい程優れた特色があるのです。

それは観光だったり、文化だったりと様々ですが、かならず土壌となっています。

言い換えると、その特色を生かす為のひとつの手段がフィルムコミッションなのです。

地域再生の鍵は、実は身近に転がっているのに、気づかないものなのかもしれません。

そして、その地域の特色をいかにして引き出すのか、それは住民たちの知恵ひとつなのです。

もしあなたの住む地域が、以前より寂れているなと思ったら、もう一度その地域をじっくりと見て下さい。

地域再生の鍵は、あなたの足下に転がっているかもしれませんよ。


ネタバレ前編で、フラガールたちの事を書こうと思っていたのですが、これについては触れるのをやめる事とします。なぜなら、メモリアルボックスの特典ディスクがその全てを語っているからです。

本編を見てから、そのDVDを観るときっと涙が止まらないでしょう。それほどまでに、熱く演じる女優たちの活躍が、手に取るように分かります。

それから、現実と嘘の境界線ですが、これについては年末公開予定の「Always続三丁目の夕日」をコラムにする際、絡めて紹介したいと思いますので、どうかそれまでお待ちくださいませ。


さて、次回のコラムですが、久しぶりに洋画を紹介しようかと考えています。

以前、2作品を紹介したミミ・レダー監督の初監督作品「ピースメーカー」をお送り致します。

この作品はレンタルでも容易く探せますし、今までに何度もTV放映されているので、ひょっとしたら既にご覧になっているかもしれませんね。

なるべく来週の更新を目指しますが、遅れるかもしれない事を、あらかじめお断りしておきます。

それでは、また!



映画データー


2006年日本映画120分


製作        李鳳宇 河合洋 細野義朗

企画・プロデュース 石原仁美

監督        李相日

脚本        李相日 羽原大介

音楽        ジェイク・シマブクロ

舞踏振り付け・指導 カレイナニ早川

出演        松雪泰子 蒼井優 豊川悦司 山崎静代 池津祥子 徳永えり 三宅弘城 寺島進 志賀勝 高橋克実 岸部一徳 富司純子 他

2007年4月8日日曜日

フラガール(ネタバレ編)

・・・今回はネタバレ注意・・・映画本編をご覧になってからお読みください。


今回のコラムは、前々回での予告通り「ネタバレ編」としてお贈りしたいと思います。

なのでまだご覧になっていない方は、まず映画本編をご覧になってから、再びこちらへお越し下さい。

映画を観ていないのに内容を知ってしまうと言うのは、製作者側にとっても、視聴者本人にとっても、悲しい事ですから。


皆さんはこの映画「フラガール」を見て、いかがでしたか?

私は性懲りもなく、また泣いてしまいました。

しかもDVD購入後初めて見たのは「コメンタリー」で、映画の音響よりもキャストとスタッフの声が中心なのに、気づいてみたら途中から全く会話等耳に入らず、やはりあのシーンでは泣いてしまいました。

きちんと本編を見たら「ヤバいだろうなぁ~」と思っていたのですが、予感的中(笑)

先ほど観終えた2回目のDVDは、後半から泣きっぱなしでした。

皆さんはいかがでしたか?この映画から、何を感じましたか?


さて、映画がヒットする理由は多くの場合「年齢層に関係なく好評化」でなければなりません。「日本沈没」2006年版と言う例外もたまにありますが、「フラガール」はまさに上記の理由が当てはまります。

今から40年以上も前の出来事を描いているのに、下は20代から受け入れられる映画。

以前紹介した「ALWAYS三丁目の夕日」にも通じるものがあります。共に変わりゆく時代を描いていると言う部分は、大いに共通しています。

笑いと涙の配分も、似ている部分があります。

しかしこの両作品には決定的な違いがあるのです。

それは「実際にあった出来事が脇役に進む物語」と「実際に起こった出来事を中心に進む物語」です。

「ALWAYS三丁目の夕日」は東京の開発が加速する中、そこに生きる人々の生き様を描いています。そして物語の象徴として印象的だったのが、建設中の東京タワーでした。

一方の「フラガール」は日本中の炭坑が徐々に閉鎖されて行く中、そこに生きる人々が、新たな目標に向かって突き進んで行く様を描いています。そして物語の象徴は人間である「フラガール」たちなのです。

劇中の時代は、すでに過去の話であり、映画の舞台となった双方の場所にその面影はほとんど残っていません。

「ALWAYS三丁目の夕日」は、今無くなりつつある近所付き合いや人情が描かれ、「昔は良かった」と感じさせる話である一方、「フラガール」は女性が強くなった現代の切っ掛けとも言える「始まりの時代」を描いています。もちろん男性にも共感出来る部分は多々あるので一概にそうとは言い切れませんが、多くの女性の共感を得、支持が大きかったからこそヒットしたと言えるのではないでしょうか?

この映画のヒットの要因には、まだ他の要素もあります。

中でも特に大きかったのは、「小百合」役の山崎静代さんの存在です。

お笑いコンビ「南海キャンディーズ」のメンバーとしては大いに有名です。しかし彼女は、当時役者としては全く活動しておらず、製作者側も起用には勇気が必要だったかと思います。

結果、その決断は正解で、彼女はこの映画に大きな風穴をあけているのです。

映画をご覧になった方は既にご存知だと思いますが、演技は決して巧いとは言えません。

しかしその存在感は、他の有名な役者を圧倒する程強烈で、映画前半では深刻な話の中に笑いのスパイスを降り蒔いています。不思議な事に、その笑いは決して目立つ訳ではなく、でも観る者の心に残るのです。

コメンタリーを聞くと彼女の演技の背景が垣間見えるのですが、監督の演技指導が功を奏しています。

笑わせる事が仕事の「お笑い」をいかにさりげなくさせるか、監督が威力を発揮し、あの演技を勝ち取った訳です。

TVでは監督ではなく「演出」と言われる理由のひとつかもしれませんね。

そして彼女の起用は、20代にも受け入れられる映画の要素となった訳です。


この映画には、現在の邦画界を背負う俳優が数多く出演しています。

まずは主演の松雪泰子さん。劇中では都会から来た「歯に衣着せぬ、ズバズバ言う女」として描かれています。とにかく田舎では浮きまくる存在を、見事に演じ切っています。

「強い女性」を演じる一方で、中盤では少しずつ明らかになる私生活を垣間みられ弱い一面を覗かせるのですが、この演技がまた素晴らしい。決して人には頼ろうとせず、曝け出す訳でもない。なのにポツリと過去を語るその仕草が、現代の私たちに通じるものがあり、私はこのシーンに大いに共感しました。

次に豊川悦司さん。毎年何本もの映画に関わる、まさに「映画俳優」の代表格と言える方です。

劇中では頑固な山の男である一方、母の手で育てられたせいかどこか優しく、ちょっと甘い性格です。

食事中は母に反論出来ないし、妹には弱音も吐ける。どこか頼りないその雰囲気はまさにハマリ役です。

その反面、劇中後半では妹たちの成功の為に体を張ってヤクザを追い払ったり、母の心に打たれて「裏切り」とも言えるストーブ集めにすすんで参加する等、芯の強い部分もしっかりと演じています。

「甘さ」と「強さ」。この使い分けが、日本で一番似合う俳優と言えるのはないでしょうか?

使い分けと言えば、岸部一徳さん。私の中では「さびしんぼう」の理科の先生役が印象的なのですが、皆さんがご存知なのはTVでの活躍でしょう。特に有名なのは「相棒」での警視庁の小野田官房室長役。

淡々とした演技は観る者にしっかりと冷酷さを植え付け、「相棒」の中では嫌な存在を演じ切っています。一方この「フラガール」では、炭坑からハワイアンセンターの責任者になった吉本を笑い7割で演じています。

この笑いのバランスはまさに絶妙で、劇中で場面の切り替え時に、観る者の心までも切り替えてくれる演技を見せてくれます。やはり岸部一徳さんは「笑い」は魅力だなぁ、としみじみ感じました。そしてその笑いのおかげで、シリアスな演技がより光るのだ、と言う事も教わった気がします。

先生との別れの際、「いい女になったな」と言うシーンはまさに笑いのおかげで引き立った演技ではないでしょうか?

富司純子さんも忘れてはならない存在です。

物語後半では、出番こそ少なくなるものの、その存在感は圧倒的。であるにも関わらず母の優しさを滲みだす演技は、さすがに役者歴の長さを感じさせます。

私にはその後半の演技に、役者として、人間として、得て来たもの全てを演じにぶつけているように見えます。

そしてストーブを集めるシーンでは、母の優しさを心で感じ、涙が止まらなかった事を付け加えておきます。

出演シーンはほんの僅かですが、志賀勝さんも良い味を出しています。

過去に悪役で一躍有名になり、そのキャラクターを生かした役柄が多かったのですが、最近はコミカルな部分の魅力を存分に発揮し、この映画の中でも小百合の優しい父を見事に演じ切っています。

そして不思議な事に、この映画では昭和邦画の最盛期に任侠映画で活躍した人と、平成の邦画界でやはり任侠映画で主演を果たした役者の競演が叶っているのです。

富司純子さんの「緋牡丹博徒」、志賀勝さんの「仁義なき戦い」、そして豊川悦司さんの「新・仁義なき戦い」です。

邦画の栄華と衰退を知る役者が、これからの邦画を背負う俳優と共に演技する、そしてその映画は大ヒット。ここに、何かの運命を感じたのは、私だけではないはずです。


さて他にも書きたい事が山ほどあるのですが、今回は長くなってしまったのでここまでにしたいと思います。

あまりに長く書くと、言いたいとこがきちんと伝わらない場合って私生活にも良くありますからね(笑)


と言う訳で次週は「フラガール」のコラムの続きです。

フラガールたちについてや、リアルと嘘の境、ロケ地情報等等、触れようかと思います。


それでは、また!

2007年3月31日土曜日

甦える大地

「何を文頭に持ってこようか?」

非常に悩んだ作品でした。特に後半の展開には考えさせられるものがあり、ストーリーまで含めたネタバレにして、思ったことを全て書き記そうかとも考えたのですが、やはり何時の日か皆様の目にこの作品が触れる機会があることを望んでいるので、やはりネタバレは避けようかと思います。

とは言うものの、全くストーリーに触れないと何も説明出来ないので、ある程度のネタバレは、どうかお許しくださいませ。


まずはこの映画のあらすじを。

「工業団地と農業団地の共存する大規模開発」「利権なき開発」

開発担当の職員植松(石原裕次郎)は、若い茨城県知事岩下の掲げた理念に共感し、不毛の大地と言われた茨城県鹿島地区に世界最大の掘り込み港建設へ向けて奔走の毎日。

建設省の野田(三國廉太郎)を巻き込み、国からの予算獲得へとこぎ着ける。

しかし一見簡単に思われた住民説得も、「開発反対」と「利権」を巡る駆け引きに振り回され思うように運ばない。

港建設成功に欠かせない試験堤防は無事完成したが、そこへ台風が迫りくる。

この堤防が壊れてしまえば、計画は白紙同然。

吹きすさぶ嵐の中、県知事岩下と、職員植松の脳裏には、ある人物の逸話が霞んでいた。

それは、この地を洪水から救おうとして失敗し、歴史の中に消えて行ったある武士。

果たして岩下と植松の熱意は天に届くのか?


この作品を語る上で避けられない要素は3つあります。

ひとつは、鹿嶋と言う土地のこと。

もうひとつは、開発後に移って来た私たちの目から見た、映画のその後はどうなのか。

そして3つめは、日本を代表する名俳優、今は亡き石原裕次郎さんのこと。

それぞれに触れた上で、地域を再生する為に今の私たちがどう考えるべきなのか?をまとめたいと思います。

少し長くなるかもしれませんが、どうかお付合いくださいませ。


まずは鹿嶋と言う土地についてです。

劇中でも触れているのですが、鹿嶋と言う土地は、遥か昔には文化の発信地でありました。

鹿嶋神宮と言う、日本でも最古と呼べる程の歴史ある神宮の存在があった為です。

奈良の鹿は有名ですが、その鹿が元々は鹿嶋の鹿であると言うのは、意外と知られていない事実(今は巡り巡って奈良地方由来の鹿が神宮内に居ます)。

武道の神様としても有名で、道場等の掛け軸にもその名が記されていることからも、どれほど影響力があったのかを推察出来るでしょう。

今も残り、盛大に行われる鹿嶋の祭りも、その歴史を語る証人です。

春に行われる祭頭祭は、海を越え日本へ攻め入ろうとする国に立ち向かう為の防人を九州等へ送り出したことが起源と言う説もあります。

神宮の本殿や拝殿も、徳川家が建立させる等、幕府の中央との関係も深かった訳です。

それほどまでに長い歴史を持つ土地でありながら、神宮の森を越えるとその南には果てしない砂丘が広がり、長らく不毛の土地とされてきました。

鹿嶋市の地名で「国末」と言う名がありますが、まさにその名の通り「人の住める国はここまで」と言うようなものでした。

与えられた自然と神の恵みを生かし日々を暮らしていく、日本古来の生き方を鹿島開発前まで続けていた場所だった訳です。

東京から100キロも離れていない場所でありながら、雄大な自然が残っていたのです。

そして、その自然の脅威は恐ろしいものでした。

最近、再び鹿嶋の脅威が取り上げられているのを、皆さんはご存知でしょうか?

そう、タンカーの相次ぐ座礁です。

鹿嶋の海は、古くから交通の難所であり、その名を鹿島”灘”と言う程だったのです。

劇中に登場する話のように、嵐がくれば何もかも無くなってしまう程、海の力は計り知れなかったのです。

しかしこの地域では、水の脅威は海だけではありません。川の氾濫も住民を悩ませていました。北浦や霞ヶ浦の様な大きな湖がその源であれば、防ぐことは難しいのは簡単に理解出来ます。しかし、住民たちはその自然を受け入れ、壊れたらまた造り直す、その繰り返しを重ねることによって、この地に済み続けて来たのです。

自然の脅威を受け入れ、共存していたと言えるでしょう。

先ほどのタンカーの座礁が示すように、それは今も変わりません。

しかし人間は、その自然を技術である程度カバー出来るようになりました。

そして、鹿嶋地域の真価が発揮されることとなったのです。

当時世界最大の掘り込み港を囲む工業地帯は幅約10キロ、長さは約20キロにもなります。今では空き地もない程に埋め尽くされていることからも、鹿嶋と言う土地がいかに地理的に優れた場所だったかが証明されていると言えるでしょう。

鹿嶋市に隣接する神栖町(現在は波崎町と合併して神栖市)役場の給与は、全国でも最高レベルでした。

東京にほど近いと言う土地が企業を引き寄せ、企業が工場と住民を連れ、工場が税を生み納める、そんな図式が、日本でも最も成功した例と言えるのではないでしょうか。

工業地帯が完成し、やがて鉄道が開通し、高速道路がすぐ近くまで繋がったことによって、鹿嶋地域の進化は加速していきます。

今では、都心に近い工業地帯として欠かせない存在にまでなったのです。


その成功に反しているかのような、この映画の後半。

ラスト10分は悲しい結末です。

港は完成し、鹿嶋開発は成功しました。が、主人公である植松(石原裕次郎)が当初掲げた目標とはかけ離れた現実が、植松の胸を痛めます。

開発から40年近く立った現在はどうでしょうか?農家を営む方々は開発前と比べて明らかに減りました。それは事実です。

しかし劇中後半に登場した農業の改革も成功しているのです。土地を改良し堤防を築き、今は立派な水田等が川縁に広がっています。

工業用水の確保の為に造られた水門が、結果として川の氾濫を抑える役割も果たし、私が覚えている限り川からの氾濫や洪水はありません。

農業と工業、双方が共存する街は、バランスこそ違えど、成功しているのです。

劇中の印象的な台詞のひとつに、

「ひとつの地域開発の正当な評価って言うのは、20年、いや30年先でなければ下されるもんじゃないんだ。」

と言う言葉があります。建設省の野田(三國廉太郎)が、後悔の念に駆られている植松に発した言葉です。

鹿嶋地域では、多くの人が金を生む為に農業を捨て商売に走りました。その中で成功を収め、町でも有数の企業になったところも数多く存在します。

その反面、消えていった商売も数多く、私が高校に進学するまでに友達の中でも商売を諦めて工業地帯に勤めることとなった人を沢山見ています。

しかし、そういう運命を辿った人々も、決して開発を否定しないのです。

長い時間をかけて、開発の評価が下される。まさに、その通り。

住民の多くがそう考えると言うことから、この開発は成功だったと言えるのではないでしょうか。

そして私もその恩恵を受けている1人と言えるのかもしれません。

鹿嶋開発の成功が無ければ、きっと先祖たちが辿った土地の束縛から離れられず農業の道へと進んでいたかもしれません。

貧しいながらも本当に自分のしたいことが出来る環境、その土台が鹿嶋開発だったからです。


この映画の主役、植松を演じたのは日本を代表する名優「石原裕次郎」。

主演する映画を観たことがなくても、名前を知らない人はいないでしょう。

日本映画界が繁栄を極めた時代から衰退していく過程を肌で感じながら、映画に身を捧げた「英雄」です。

しかしながらその生涯には数多くの壁が立ちはだかっていました。その壁を乗り越える姿が、日本人に希望を与えたとも言えるのです。だから「英雄」なのです。

この映画は「ソフト化されない」と言う悲劇が目を引いていますが、実は悲劇はその前に起こっていました。

「黒部の太陽」は同じくソフト化されていない作品でありますが、こちらは名作として知られています。映画の内容は劇場公開時にまだ幼かった私には分かりませんが、世界最大の難工事と言われるひとつの大きな計画に立ち向かう男たちの姿が感動と共感を生んだ、とされています。

この映画は、映画配給会社間の協定の為に、製作が危ぶまれた時期がありました。

当時は監督や俳優の引き抜き等を禁じる為にそのような協定が結ばれていて、それが「壁」を越えようとしていた大物スターたちの行く手を阻んだのです。結局、それを乗り越えた石原裕次郎さんや三船敏郎さんが「映画の成功」と言う栄光を手にすることとなるのですが・・・

その後の邦画界の衰退は、皆様ご存知の通り。

「造りたい映画を、造りたい仲間たちと共に、完成させる」そんな理想が成り立たない時代となっていったのです。

そう「甦える大地」の悲劇の根本は、映画界の斜陽にもあるのです。

この映画が公開された年、石原裕次郎さんは結核を患い長期療養を強いられます。そしてその後、活躍の場をTVへと移して行きます。

映画からTVへと移りつつあった時代が決定的になってしまった、そんな時代に生まれてしまった訳です。

しかし、それは本当に悲劇だったのでしょうか?

もう少し遅ければ、映画界の衰退により映画にはならなかったでしょう。もう少し早かったら、協定に阻まれやはり映画にはならなかったでしょう。

印象に残らない時代に生まれたことが悲劇としても、この世に生まれ出た事は、幸福ではないのでしょうか?

劇場公開から35年を経た今でも、私の心にこれだけ響いてくる映画なのです。

今、この映画に残る悲劇は、「ソフト化されない」と言う事につきる、と私は訴えたいです。


さて知人を通じて観せていただいたこの「甦える大地」は、残念ながら映画のフィルムをそのまま取り込んだ形のようで、お世辞ながらも「良い画質」「良い音質」ではありませんでした。

その上、フィルムが切り替わる部分も、数秒間途切れていると言う代物です。

なんとかこの映画を、せめて私の住む地区の方へ観ていただける方法はないのでしょうか?

「黒部の太陽」の様に脚光を浴びていれば上映会も夢ではありません。残念ながらこの映画には、時代の流れもあり華がありません。悲しいとも言える結末もその一員かもしれません。

しかし本当に方法はないのでしょうか?


実はあるのです。


石原裕次郎さんの十七回忌に上映された事が有名ですが、実はもうひとつ例外があったのです。それはつい最近の事です。

「黒部の太陽」製作の際に映画関係者の多くが滞在した長野県大町市で、市民の呼びかけに応じる形での上映会が2000年に実施されていたのです。

そうなんです。

呼びかけ、その願いが本物なら、石原裕次郎さんの意志を継ぐ人々が、熱い情熱と共にきっと答えてくれるはずなのです。

今、私の友人は、その方向に向かって動き出そうとしています。

微力ではありますが、私もその手伝いを出来ないか?とこのコラムを書いた次第です。

以前にも書きましたが、私はかつてレンタルビデオと言う商売に携わっていました。

その時に、何度もこの作品の名を耳にしているくらい、地元では観たがっている人が多いのです。

その事実を、私は真摯に受け止め、友人に協力して行きたいと思います。


最後になりますが、ひとつだけ付け加えます。

「よみがえるだいち」を漢字変換すると「甦る大地」となりますが、この映画の表記は「甦える大地」が正解です。

もし検索エンジンで探される場合、「甦る大地」では引っかからないので、ここで記す事によって探し物への手伝いをさせていただきたいと思います。


さて、地域再生への鍵は、今回ここに記す事をやめておきたいと思います。

次週「フラガール」を書き終えた後、両作品から得たものとして、私の考えをコラムに残そうかと思います。

ひょっとすると、「フラガール」のコラムは前回紹介とあわせた2週では終わらないかもしれませんが、どうか気長にお付合いくださいませ。


それでは、また!



映画データ


1971年日本映画 約100分


製作  石原裕次郎 大工原隆親 小林正彦

監督  中村登

原作  「砂の十字架」木本正次

脚本  猪又憲吾

音楽  武満徹

協力  鶴谷商事株式会社 鶴谷産業株式会社

出演  石原裕次郎 岡田英次 三國廉太郎 司葉子 志村喬 北林谷栄 寺尾聡 他