6月も3分の2を過ぎたと言うのに、ここ鹿嶋はまだ涼しく、曇天を除けばまるで5月初旬のような陽気です。今年もそれほど暑くない夏になるのかなと思ったりしているのですが、全国的に見るとそうでもないんですね。
さて今回お贈りするのは、心奮わされる映画「ブラッド・イン ブラッド・アウト」です。
監督は「愛と青春の旅立ち」「カリブの熱い夜」「ディアボロス」「レイ」等、ジャンルにとらわれない傑作を世に送り出したテイラー・ハックフォード。
公開されたのは1993年。縄張り争いや、刑務所での乱闘・殺人、麻薬がらみのシーンがあるにも関わらず、意外にもディズニー系列配給作品です。
兄弟同然に育った3人の男の、12年に渡り絡み合う絆を描いた物語は、観る者の心を掴んで放しません。
前回簡単に触れたのですが、この作品は日本国内では一度だけDVD化されましたが、現在は廃盤となり新品の入手はほぼ不可能となっています。しかしビデオやDVDでのレンタルは在庫を有する店舗があるので、そちらを利用して、是非ともご覧いただきたい作品です。
ネットでの評価を見ていただければ分かりますが、かなりの高評価で隠れた名作とも言える作品でもあります。
まずはご覧になっていない方の為に、簡単なあらすじを・・・
保護観察処分中、喧嘩をして逃げ出してきた青年ミクロ。
彼は、生まれ故郷のロサンゼルス東部へと戻ってきた。多くのメキシコ系アメリカ人と色とりどりのアートに囲まれたその街に住む母親を頼って来たのだ。だが母は親戚の家にミクロを預けるのだった。
その親戚の家には、兄弟同然に育ったパコがいた。
クルスはパコと共に、父に請求書を届ける為、勤務先の自動車修理工場へ行く。
そこには、やはり兄弟同然に育ったクルスが働いていた。彼は絵の才能に長けていて、その上手さはロサンゼルス一と言っても良い程。
パコは、客から預かっている自動車にミクロ、クルスと共に乗り込み、ドライブに出かけた。
町並みが見える小高い岡の上で語り合う3人。いつも変わらず、街を見つめる松の大木が風に揺れる。
そこへ突然やって来たのは2人の警官。治安の悪いこの地区へ見回りに来たのだった。
パコは焦っていた。彼は保護観察中の身。バレてしまえば、刑務所に収監されてしまう。
ここの警官たちは、肌の色で人間を見る。それを知っているパコはひたすら大人しく振る舞おうと勤めるが、警官は疑いのまなざし。
しかし機転を利かせたクルスのおかげで、なんとかその場から解放されたのだ。
この街には2つの対立するグループが存在した。ひとつはパコとクルスの属するヴァトス。
もう一方は、協定を破り縄張りを荒らすプントス。小競り合いは絶えなかった。
2人と本当の兄弟に成りたがるミクロは、縄張りを荒らすプントスを一人で襲撃し、認められる。彼には、そこまでして認められたい理由があった。
それは、ミクロとクルスと親戚であるにも関わらず、彼の肌は白く、瞳が青かったからだ。
肌の色は、知らないうちに彼のコンプレックスでもあったのだ。
芸術の成績優秀なクルスは終業式に大学への奨学金を得て、家族は鼻高々だった。それはミクロもパコも同じで、その日のパーティーは彼を慕う人々で賑わっていた。
そんな中、クルスは目当ての女性を連れ、夜の街へ繰り出す。
しかしそこで不幸な出来事が・・・そしてその出来事が3人の人生を、修復出来ない程に大きく狂わせるのだった・・・
この作品は12年の出来事を描く為、3時間もあります。紹介したあらすじはだいたい30分程でしょうか。
しかしその長さを微塵も感じさせず、引き込んで行く力があります。回りくどい説明はせずに、常に人間関係をストレートに、そしてその心情を端的に描き切っています。そこがこの作品の最大の魅力でもあるのです。
特筆すべきは3人の生き様。ミクロは肌の違いを克服すべく血を流すことに手を染め、パコは自信のなかった自分を見つめ直す為に海兵隊へ、そしてクルスはその才能を持ち成功への道を突き進んで行くにもかかわらず、身体と心に負った傷を紛らすため麻薬にのめり込んで行きます。
3人それぞれが抱えるプレッシャーに抗う為に選んだ道がやがて互いに深い溝を造って行くと言うその様が、繊細に、かつ大胆に描かれているのです。
ラスト1時間は、観る者に涙さえ流させる程に熱い展開が待ち構えています。
私がこの作品を初めて観たのは、ビデオ発売数ヶ月前。その内容に心動かされ、当時勤めていたレンタル店では仕入れを決めました。そして音楽も気に入り、サウンドトラック盤も購入したのです。
この音楽を書いたのは、ビル・コンティ。映画好きの人にはあまりにも有名な作曲家です。
代表作は「ロッキー」シリーズや「ライトスタッフ」等。監督同様、ジャンルに捕われず様々なジャンルの音楽を紡ぎだしていますが、今回の音楽はまさにラテン系。
しかし音楽の使われ方はしつこくなく、感情の起伏の激しいシーンだけを彩るように緩急をつけていて、決して物語を支配してしまわないのです。ともすれば作品のイメージを変えてしまう程の情熱的なメロディーを、上手く操っているのです。
そのメロディーは、抗えない運命に翻弄される3人の人生のように、時に華やかに、時に悲しく、そして情熱的です。残念ながらサウンドトラック盤に収録されているのはそのスコアの一部ですが、それだけでも聞く価値のある作品だと、私は思います(もちろん映画を気に入っているのが前提ですが・・・)。輸入盤は今でも手に入るので、映画が気に入ったら是非聴いてみて下さい。
さて、ここから先は内容に深く関わるので、まだご覧に成っていない方は、是非ご覧になってからお読みください。
この映画には沢山の人物が登場します。特に刑務所内では覚えきれない程の役者が出演していますが、それだけではありません。実際の服役囚たちが多数出演し、その殺伐とした空気をよりリアルに感じさせることに成功しています。
役者と言えば、刑事になったパコの同僚は、ある有名な映画で印象的な脇役を演じた俳優が演じています。
ちょっと痩せているので分かりづらいかもしれませんが、声を覚えていればきっと分かると思いますよ。
ヒントは「糞まみれ」です(笑)是非是非探してみて下さい。
この映画は内容も素晴らしいのですが、そう言った脇役の役者陣にも恵まれた作品と言えるでしょう。
最近のハリウッド映画で個性的な脇役を演じる役者が、多数出演しているので、探すのも面白いかもしれませんね。
痛みを逃れる為に麻薬に手を染めたクルスは、坂を転げ落ちるように破滅へと向かっていきます。
それを決定づけたのは、幼い弟の死でした。クルスの過ちが、本人ではなく弟を殺してしまうのです。
もう元には戻れない、決定的な事件でした。
親子の縁は切れ、兄弟の絆は壊れ、クルスは身を隠すように消え、益々麻薬に溺れてしまうのでした。
その心の傷がどれだけ深かったのか、それを思うと胸が痛くなります。
しかし、それ以上に苦しんだのはクルスの兄、パコです。
麻薬で身内を失う悲しみを決して誰にも体験させまいと刑事の道を選びますが、本人の苦しみは決して癒えることがありません。そればかりか麻薬に携わった為、人生を狂わせてしまう人々を観るたびに、心の傷は深くえぐられて行きます。おそらくそれは、クルスの痛みを手に取るように感じていたからなのでしょう。
作品の半分近くを占める刑務所内の出来事は、人種差別を感じさせない日本で育った私たち「日本人」には衝撃的と言える内容です。
ミクロが故郷で感じていた人種差別は、結局刑務所内も同じ。塀に囲まれているにも関わらず、その内部はまるで地球の縮図です。
白人たちの組織、黒人たちの組織、ミクロの属する中南米系の組織オンダ、そして女の代わりに求められるがまま己を売る男たち。そしてそれを支配する特権階級とも言える刑務官。それぞれは、対立しつつも共存共栄の道を歩んでいました。
その中でミクロは人生の厳しさと生きる術を学び、認められる為、塀の外と同じように手を血で染めてしまうのです。
その名は「血の証明(ブラッド・イン ブラッド・アウト 血のつながりを得る為に、血を流す)」
しかしオンダの長は、麻薬に手を出さないミクロの心の清らかさを信じ「仮釈放をだまし取るんだ」と諭します。己を認めてくれたオンダの長を信頼するミクロは、その言葉を信じ学校の卒業資格を取り、長い苦労の末、やがて仮釈放が認められます。
人種の違いを克服したかに見えたミクロですが、世の中は「前科」と言う言葉に激しい差別で当たってきます。真っ当に生きようとするのに、それをいとも簡単に阻んでしまうのです。
結局ミクロはその差別と、組織のつながりの為に、また刑務所へと逆戻りしてしまいます。
私が忘れられないのは、パコとミクロの悲しい再会シーン。兄弟のように育ったのに、刑事と強盗と言う相容れない立場に立ってしまい、しかもミクロの片足を奪ってしまいます。
兄のように親しんだパコに裏切られたと感じたミクロは、心が激しく深い溝の中へと落ちて行きます。
血の証明はエスカレートし、血で血を洗い、他の刑務所までも巻き込む事件へと発展してしまうのです。それだけではありません。争いを治める為に戦うことしかないと信じて疑わないミクロは、パコの言葉に従うように見せかけ、その裏ではオンダだけを信じ他の組織を次々とだまし討ちにしていくのです。
それはミクロの限りなく澄んだ青い目が、完全な悪に染まった瞬間でした。
その後に迎えるこの映画で一番のバイオレンスな部分であるはずの暴動シーンは、痛みに麻痺してしまったミクロの心を思うとやりきれない程悲しくてたまりません。
和平の道を選んでくれたと信じていたパコは、ミクロの裏切りに怒りをあらわにします。しかしミクロは、そんなパコの心の痛みさえ、見えなくなってしまったのです。それどころか刑事であるパコを組織に迎え入れようと提案をするのです。正義を信じるパコは、痛感しました。もう昔には戻れない、と。
ラスト5分、麻薬から抜け出すことの出来たクルスは、ミクロの裏切りに傷ついたパコをある場所へと連れて行きます。
そこにあったのは、あの日のままの3人が今も生きる壁画。
2人はその絵の前で涙ながらに、心に残る罪の意識と傷を吐き出し合い、やっと昔のような絆を取り戻すのです。もう後戻りの出来ないミクロを残して・・・
今回、約10年ぶりに「ブラッド・イン ブラッド・アウト」を観たのですが、ある奇跡に恵まれました。
実は私の手元には、当時メーカーから戴いた沢山のサンプルビデオが残っています。しかし長い年月の間に、ほとんどのテープはカビが生え、すでに観ることが出来なくなっています。
「ブラッド・イン ブラッド・アウト」を観る為にどこかのレンタル会員になるしかないのかなぁ・・・と覚悟していたのですが、探してみるとなんと奇跡的にカビずに残っていたではないですか!まるで私が探すのを待っていたかのように・・・他のテープはほとんどダメになっていたので、これはまさに奇跡としか言いようがありません。ひょっとすると、もう一度この作品を観る運命だったのかも知れません。
そして改めて、この作品の良さを痛感したのでした。
でも出来ることならTVサイズのビデオではなく、ワイドスクリーンサイズのDVDを皆様には観ていただきたいと思います。私自身も、そのサイズでもう一度観て、さらに良さを発見したいと思っているのですが・・・こればかりはメーカーの決断を期待するしかないですね。
さて次回も予告通りに「バウンス KO GALS」をお贈りしたいと思います。
こちらの作品は、レンタルの入手も難しいので、なるべくネタバレにならないよう、紹介したいと思います。
それでは、また!
1993年アメリカ作品 180分
製作総指揮 ジミー・サンティアゴ・パカ ストラットン・レオポルド
製作 テイラー・ハックフォード ジュリー・ガーシュイン
監督 テイラー・ハックフォード
ストーリー ロス・トーマス
脚本 ジミー・サンティアゴ・パカ ジェレミー・アイアコーン フロイド・マトラックス
オリジナル・スコア ビル・コンティ
出演 ダミアン・チャパ ベンジャミン・ブラッド ジェシー・ボレゴ ビクター・リバース デルロイ・リンド トム・トーレス カルロス・カラスコ テディ・ウィルソン レイモンド・クルウズ ヴァレンテ・ロドリゲス ラニー・フラハティ ビリー・ボブ・ソーントン ジェフリー・リヴァス 他
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