2006年6月30日金曜日

ALWAYS三丁目の夕日

この物語は二つの家族を中心に、取り巻く近隣住民の物語を絡めて描く、最近ではあまり見かけなくなった「ベタ」な人情物語です。

「ベタ」と言うと聞こえは悪いですが、これはこの映画が成功した上での重要な鍵であると私は思います。

どこにでもありがちで、しかも今までにも使い古された手法を取っている事は、この映画と同じ時代をリアルタイムで見てきた人にとっては、欠かせない要素なのです。

似たような映画を沢山観て、ここでこうなると判っていてもついつい笑ったり、涙してしまう。最近の映画では、過激なシーンだけでなく必要のない刺激ばかりが強いCGの使われ方など、心の伴っていない部分が、特に大作には多いと思います。

しかしこの映画は、ベタな物語をあえて使い、それを補助する役割としてCGが多用されているのです。

私は、この映画の監督山崎貴さんのファンでありますが、それを差し引いても日本で一番CGや合成などのVFXを上手く使いこなせる人だと思っています。

それだけの実力を持った人が、あえて物語のメインではなく、脇役としてこれだけ沢山のVFXを惜しみなく使っている事に、感動すら覚えます。

そして年配の方々にとっては、本物とCGの区別さえ付かない程よくできた街並みに、遠慮無く心を預ける事が出来るのです。

実際に、この映画の中では今も現存する街並みでのロケ、屋外での大がかりなセット、スタジオ内のセットを上手く使い分け、全く違和感なく、夕日町というひとつの町を再現しています。

詳しくは是非、豪華版を購入して、メイキングをご覧になって下さい。

「えっ?ここはスタジオ内だったの?」とか「これはスタジオじゃなかったの?」とか「こんな町が今でもあるんだ!」と驚く事間違いナシですよ。

そうして舞台裏を知る事によって、さらに映画への愛着が増すはずです。

メイキング内で触れられている内容は、今回のコラムでは極力省くつもりではいるのですが、若干触れる事をお許し下さい。

特にこれははずせない!と思える事があるのです。

多分この映画で最初に引き込まれたシーンは、誰もがオープニングだったのではと思うのですが、いかがでしょう?

実は良〜く観ないと気付かない些細な事なのですが、オープニングの4分間は一切切れ目がないのです。

ラジオから始まり、掃除する母、子供達の帰宅、テレビのやり取り、遊びに行く子供達、飛行機を飛ばす姿、飛んでいく飛行機、そして東京の大通り、この全てが1つのカットに収まっているのです。

これを1回で撮り切るのは無理なのですが、飛行機が飛ぶまでのシーンは実際に切れ目が無く、何度も取り直したそうです。

何度も取り直す。それだけでも相当な苦労が伴うのですが、実はこのシーンの本当の苦労その後にあります。何があったのかは・・・豪華版に含まれるメイキングをご覧になって下さい。

VFX職人でもある「山崎貴」と言う人物のこだわりと、監督としての立場の苦労が、手に取るように判りますよ。

そして、映画というのはたった数分の為にもこれだけの労力と苦労が伴っているという事が、良く判ります。


さてストーリー展開は詳しくは書かないとして、この映画は沢山の涙のポイントがあります。

もちろん涙を誘う為には、まず立派な脚本があり、素晴らしい演技があり、心を揺るがす旋律が必要です。

この映画の素晴らしいところは、その3つがきちんと揃っている上に、どれかが目立ち抜きん出ているわけでない、と言うところだと思います。

バランスがよいのです。

脚本は実際に読んだわけではないので(月刊シナリオ2006年1月号に掲載 現在入手不可)、ここで詳しく述べる事は出来ないのですが、いずれ何らかの形で読む事が出来た時、あらためてコラムに記したいと思います。

以前のコラムでも述べた事があるのですが、笑いと涙のバランスは、感動する映画での重要な要素です。

この映画のシナリオには、それが上手く活用されています。

全部の例を挙げるとかなり長くなってしまうので、あえて例えるなら、笑い・笑い・笑い・ちょっと涙・笑い・笑い・涙・笑い・涙・涙・涙・涙・笑顔って感じでしょうか。

おっと、充分長かったですね(笑)

中でも私が時に気に入っている二つのシーンをここで紹介させて下さい。

迷子の二人が戻ってきた直後、六子が突然お腹を抱えて倒れます。

私は初めて観た時、年頃だから初潮を迎えてみんなで温かく見守ると言う展開を期待していたのです。

実際はどうでしょう?

腐ったシュークリームを食べての食あたりでした。

見事に期待を裏切られました。

しかし、この「裏切り」が心地良い笑いをもたらすのです。

次は、詫間先生の家庭の話。

酔った詫間先生がお土産を抱えての帰宅。温かい家庭がそこにあったと思いきや空き地で爆睡。映画館ではちょっとした笑いが起きました。

そして帰り着いた家はもぬけの殻。一人の寂しい暮らしが待っている。で、さっきまで一緒に呑んでいた夕日町の住人がポツリと呟くのです。

「もはや戦後ではないか・・・」

そう、家族は空襲で焼け死んで、とうに亡くなっていたのです。

ちょっと可哀想になった人はここで涙しますが、実はこのシーンが後の伏線になっています。

サンタクロースが淳之介にプレゼントを持って来るシーンは印象的でしたね。淳之介は地球がひっくり返る程の大喜び。

その後、一杯飲み屋で茶川が落ち合ったのは詫間先生でした。そう、サンタは詫間先生だったのです。

自分の子供へは永遠にプレゼントをあげる事が出来ない、詫間先生が、です。

人の為に尽くすその姿に、私は熱いものが込み上げました。

現代の世の中に足りない「優しさ」を見せつけられた気がします。


さて次は演技です。私が注目しているのは3人。

まず主人公である茶川を演じた吉岡秀隆さん。

頼りなさと情けなさを見せながらも、時に真剣に、時にコミカルに、人間の感情の起伏を上手く表現していると思います。

中でも、一見大げさに見えるリアクションは特筆すべき事柄です。

吉岡秀隆さんは、幼少の頃から様々な映画・ドラマで活躍されているのですが、その長い俳優活動で、殆どを一緒に過ごした(競演した)人がいるのです。

そう、日本人の誰もが知っている、あの寅さんです。

この映画の中では、その寅さんである俳優「渥美清」へのオマージュが多々感じられるのです。

これは単に私が感じているだけでなく、実際に吉岡秀隆さんとお付き合いのある方も言っておられました。

そして私には、この映画が俳優「吉岡秀隆」の大きな分岐点になるのではないか?と期待しています。

それからもう一つ気になる事があるのですが・・・山崎貴監督が、どうやってこの映画の出演を口説いたのか、です。

実はここに、この演技の大きな秘密がある気がしてならないのですが・・・

さて残りの2人は脇を固める女性陣です。鈴木オートの社長夫人(笑)を演じた薬師丸ひろ子さんと、青森から上京した六子を演じる堀北真希さんです。

薬師丸ひろ子さんと言えば、私たちの世代が知っているのはアイドルとしてでした。

女優をしながら歌もこなす、そんな姿を見て育ったからです。

しかしこの映画ではどうでしょう!母親の暖かい心を、表情と仕草で見事に演じきっています。

私が観た映画館では、薬師丸さんの演技が特に笑いを誘っていました。

初日の1回目、しかも舞台挨拶がついたプレミアものの上映だったのですが、そこに薬師丸ひろ子さんの姿はありませんでした。

もしここにいたら・・・初めてテレビを囲むシーンで全ての住人の熱中し感動する姿が、映画のスクリーンを観る人に置き換えて薬師丸さんに見てもらえたかも知れないのに・・・残念でなりません。

話がちょっと逸れてしまいましたね(笑)

堀北真希さんと言えば、シリアスな役や、ホラー映画など、どちらかと言えば暗い役ばかりが目立っています。「野ブタ。をプロデュース」の小谷信子役などの印象が特に強いからかも知れません。

でもこの映画ではどうでしょう?

実にコミカルなのです。コメディエンヌなのです。

集団就職で1人上京したと言う暗い背景があるのに、前半の各シーンではしっかりと笑いを誘っています。

襖越しの喧嘩のあとでさえ、です。

これはもう、演技の枠を越えた彼女の魅力のひとつではないでしょうか?

実は先日、とある深夜番組を観ていてたまたま堀北真希さんがゲストだったのですが、これが面白かった!

バラエティ番組にも通用する、そんな魅力が十分発揮されていました。

しかし基本である演技がしっかりしているから、その魅力が発揮されるわけで、大晦日に鈴木家の前で見せる涙を堪えるシーンでは、演技の基本がしっかり出来ていることを見事に証明しています。


さて、最後の要素、音楽ですが、この映画の音楽は佐藤直紀さんという方が手掛けられています。

名前はあまり知られていませんが、代表作を挙げると、実は身近に聞いていたと言う事が分かるかと思います。

TVでは「ウォーターボーイズ」「H2」「海猿」最近では「トップキャスター」

アニメでは「交響詩編エウレカセブン」「ふたりはプリキュア」等々。

CM音楽も多々手掛けています。

私は音楽や映画を学校で学んだわけではないので、詳しい解説は出来ませんが、このサントラは幾つかの主な旋律のアレンジを変えて各シーンの音楽としています。

そしてひとつの手法として、すり込みが行われている、と私は思います。

ラスト45分の展開を例に取ると、判りやすいでしょう。

ある旋律を「涙」のシーンに持ってきます。

ここで涙するわけですが、その後の重要なシーンで、大きな展開が起こる前に同じ旋律が流れる事によって、その涙を身体が覚えているわけですね。

「指輪」のシーン、涙した人も多かったでしょう。ここで流れる旋律は、後に、六子が母親の手紙を抱きしめるシーン、淳之介の手紙を読んで涙する茶川、そして東京タワーを眺めるラストシーンに使われています。(実は最初の4分間もそうなのですが・・・)

どうです?言われないと気付かない些細な事ですが、こうした手法を用いて映画を盛り上げているのです。

あなたも見事に、はまりませんでしたか?

恐らくラスト30分は、涙に継ぐ涙だったのではないでしょうか?


この映画の印象的なラストシーンは、茨城県のとある河川敷で撮影されています。

撮影はこの日しかない、と言う状況の中、あの夕焼けは奇跡的に取られました。

幾つかの背景を消すという手直しはありましたが、あの夕焼けは本物の夕焼けなのです。

私は何とかこの場所を探して、これまでに3度程訪れたのですが、未だにあの夕日には出会していません。

いかにこのシーンの撮影が奇跡的で、運命に導かれていたか、私は身をもって体験しました。

そしてこの奇跡と運命が、沢山の技術や演技の苦労、そして製作に携わった全ての人の努力を、後押しして、空前の大ヒットを生み出したと、私は信じて疑いません。


まだまだ書き足りない事が山程あるのですが、既に相当長くなってしまったので、今回はこの辺で終わりにしたいと思います。

いずれまた、シナリオを読んだ後で続きを書く、という事でお許し下さい。


さて次回は、最近賛否両論のスピルバーグ監督「A.I.」をお贈りしたいと思います。

なるべく早く書くよう努力しますが、多少の遅れはお許し下さい。


それでは、また!


2005年 日本映画133分

監督・VFX          山崎貴

エグゼクティブ・プロデューサー 阿部秀司 奥田誠治

プロデューサー         安藤親広 高橋望 守屋圭一郎

ライン・プロデューサー     竹内勝一

原作              西岸良平「三丁目の夕日」

脚本              山崎貴 古沢良太

音楽              佐藤直紀

主題歌             D-51「ALWAYS」

撮影              柴崎幸三

照明              水野研一

録音              鶴巻仁

美術              上條安里

装飾              龍田哲児

VFXディレクター       渋谷紀世子

編集              宮島竜治

音響効果            柴崎憲治

助監督             川村直紀

制作担当            金子堅太郎

出演 吉岡秀隆 堤真一 小雪 堀北真希 もたいまさこ 三浦友和(特別出演) 薬師丸ひろ子

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