前回のコラムでの最後の行とかぶるのですが、本来このコラムはkiyohikoのお気に入り映画を紹介するのが趣旨です。
なので今回は、その趣旨から外れる事をお断りしておきます。
さて、まずはなぜこの「恐怖のメロディ」を書く事になったかをお話ししなければなりませんね。
私の古い友人にSTONEと言う男がいます。もちろん本名ではありません。
彼との出会いや、再会、そして彼の型破りな人生の一部等を派手に紹介したのですが、それはこのコラムから外れてしまうのでやめておきましょう。外れない程度、紹介させて下さい。
彼は今現在、趣味でバンドを持っています。地元では知られた存在でもあります。
私がこのコラムを書くに到ったのは、そんな彼のおかげです。
「以前勤めていたレンタルビデオ店での経験を生かして俺のHPにコーナーを持ってくれないか?」
この言葉が切っ掛けでした。
当時の私は私生活で色々とあり、当初は断っていました。それでも諦めずに、彼は何度も声をかけてくれていたのです。今思えば、何があったのかを察し立ち直る切っ掛けを与えてくれたのかもしれません。
そしてこのコラムは、2004年の8月にスタートとなる訳です。
しかし、その前に彼は私との間に別の「切っ掛け」を持っているのです。
私は、彼に影響を与えた等とちっとも思っていなかったのですが、彼はどうやら違うようです。少なくとも私に出会っていなかったら歩んでいなかった、そう思っているようです。
それは彼の音楽人生についてです。
私たちが再会した頃、彼はある夢を持っていたのですが、ある程度まで近づいたその夢に挫折していました。
そんな時、彼に希望を与えてくれたのが音楽だったのです。
何が切っ掛けだったのかはもう覚えていないのですが、当時私に付合っていた女性がある楽団に所属していて、その縁で彼は少しずつその音楽に熱中していったのでした。
私も彼も、その楽団に関わる事で様々な経験を積みました。
彼と奥さんとの出会いもそうです。
残念ながら、今では私も彼もその楽団と関わりはありませんが、今の人生の一部になっていたのは間違いないでしょう。
だから私は思うのです。彼は、私を大切な友人と思ってくれていると。
さてそんな彼は当時、根っからの映画好きでした。
当時の印象から語ると、アクション映画好みだったと記憶しています。
スタローンの作品は片っ端から観ていた気がします。
そして彼のもうひとつのお気に入り俳優が、今回のコラムの主人公「クリント・イーストウッド」なのです。
当時の私は、あまり作品を観ていなかったせいか、イーストウッドと言う俳優をアクション映画のくくりでしか見ていませんでした。
ヒット作を見る限り、「ダーティーハリー」シリーズや、西部劇でのガンマン等。
今でこそ様々な作品に挑戦していてその才能を知る限りですが、残念ながら当時の私はちょっとした偏見を持っていたようです。
なので今回の「恐怖のメロディ」は未見でした。
もしかしたら観ていて忘れているだけかも?と思い観ましたが、やはり未見に間違いありませんでした。
そして観終えた後、ちょっとした後悔を覚えました。
この映画に出会う時間を間違えたな、と。
この映画は1971年の作品。私はまだ3歳。もちろん映画館と言う存在も知りませんでした。
いずれこのコラムで語る予定なのですが、私が映画館で初めて映画を観るのは幼稚園の年長時代。
その時期でもありませんでした。初めて観る映画がこれだったら、それはそれで衝撃的でしょうが、少なくとも彼と再会した時期にこの作品に出会いたかったな、と思ったのです。
35年前の作品ですから、古さは否めません。脚本や、色使い、編集、音楽の使い方、等など。
しかし、俳優の初監督作品には思えない程、洗練されているのです。
小道具の使い方や、ほんの数曲ながら観る者に印象を深く与える音楽の使い方、そしてヒッチコック作品を思わせるシンプルながらも効果的な見せ方等。
フィルムの色調や服装、そしてイーストウッドの若さを観る限り古さは否めないのですが、題材は今でも通じるストーカーものであり、リメイクしても新鮮に映る作品なのです。
もっとも既にそこに目を付けた映画人は沢山いるようで、リメイクとも思える程似ている「危険な情事」(実際に「恐怖のメロディ」が下敷きになっているようなコメントがメイキングに収録されています)や「ミザリー」など、大ヒットした作品が既に存在しているのですが・・・
そしてこの映画で私がさらに驚いたのは、当時の映画の基本に忠実ながらも実験的な試みもされている事です。
今でこそ当たり前に使われている、歌詞付きの歌をバックにイメージビデオのようなシーンを造ったりしています。もちろん、ただ単にイメージビデオにしている訳ではなく主人公と恋人の背景を無言で描き、後のシーンとの区切りになっているのです。
事実、私は説明的な前半にちょっと眠気を覚えたのですが、先程述べたシーンとジャズ祭のシーンがカンフル剤の役割を果たし、後半では吸い込まれるように見入っていました。
ここでジャズ祭のシーンにも触れなければなりませんね。
ジャズ祭のシーンと、人通り溢れる街中での会話シーンに、当時の空気がしっかりと感じられます。
なぜだろう?と思ったのですがメイキングを見て納得しました。
ジャズ祭のシーンは、実際に行われている祭りに潜入して撮影が行われたそうです。写っている人々はそれが映画である事を知らないでいるのです。恐らく町中のシーンもそうでしょう。
当然の事ですが、そこに写る人々が自然であり、タイムスリップしたかのように感じさせてくれるのです。
35年後の私がこう感じるのですから、当時の人も似たような感覚に教われたのでしょう。
「似た」と言うと語弊がありますが、それはきっとこの映画の現実度に影響を与えていると思われます。
ストーカーと言う言葉が存在しない当時に、その存在を知らしめ、その恐怖を知らしめる効果があったのだ、と私は思うのです。
今でこそ、この手の恐怖には慣れていて簡単には驚きませんが、当時の人にしてみれば、それは衝撃的だったに違いありません。言葉で伝えても、理解せず己の思うままに人を愛するのですから。
愛される側が迷惑がっていれば、これほど嫌な気分になる事はありません。その上、狂気が徐々に増して、最後は異常としか言いようが無い存在にまでなってしまうのですから。
なので、現在の切り口でリメイクしたこの映画を見てみたいと言う気にもなったのですが、それはどうやらないようです。
詳しくは特典映像で、監督自身の口で語られています。ご覧になって下さい。
ここまで書くと、私が結構この映画を楽しんだなと思われる方が多いでしょう。
でも実は、違います。そしてそれが自分のせいであると、後悔もしています。
未見の作品であるのに、筋が読めてしまったのです。
それには理由がありまして・・・先に特典映像を見てしまった事です。
驚く事に、メイキングだけで1時間近くの映像が収録されています。そしてその中で、物語の軸にそって裏話が語られていくのです。当然の事ながら、そのシーンを交えて・・・
失敗でした。明らかに失敗でした。
衝撃的なシーンも、ほとんどネタバレしてしまったのです。
でもこれもひとつの勉強ですね。
次からは、未見の作品は本編から見る事とします。
さて前回今回と古めの作品をお贈り致しましたが、もうしばらく古い作品でお付合いください。
次回とその次は、今私のハマっている事が絡んできます。
そして、みなさんの目にはなかなかお目にかかれない作品について語る事となります。
何にハマっているかは次回のお楽しみとして、作品名は紹介しましょう。
次回は、エミリオ・エステベス主演であり監督の「ウィズダム 夢のかけら」です。
作品名はおろか、主演の俳優を知らない方に、ちょっとだけまめ知識を。
エミリオ・エステベスはあの名優マーチン・シーンの息子であり、1980〜90年代の映画で大活躍したチャーリー・シーンの兄でもあります。
実際に親子競演や兄弟での競演作品も多々あります。
その彼は現在、「ボビー」と言う次回作で豪華俳優陣を相手に監督をしています。もちろん本人も出演しています。
そして「ウィズダム 夢のかけら」はその原点とも言える作品なのです。
これ以上語ると次回のネタが無くなってしまうので、今回はここまでにしておきましょうか。
その次にお贈りするのは「バウンティフルへの旅」です。いわゆるロードムービーのくくりで考えて良いかと思います。
これについては、そのコラムまでお待ちください。
どうしてもと言う方は、ネット上で作品等については調べがつくとは思いますが、残念ながら国内ではDVD化されていません。
私も、極力ネタバレしないように書きますので、どうかそれまでお待ちくださいませ。
それでは、また!
1971年アメリカ映画 102分
製作 ロバート・デイリー
監督 クリント・イーストウッド
脚本 ジョー・ヘイムズ/ディーン・リズナー
出演 クリント・イーストウッド ジェシカ・ウォルター ドナ・ミルズ ジョン・ラーチ ジャック・ギン アイリーン・ハーヴィー ジェームズ・マッキーチン クラリス・テイラー
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