2006年5月7日日曜日

さびしんぼう

今回は久々に約束通りの更新が出来てホッとしています。

桜の旅も無事終わり、これでやっと専念出来るという状態です。


この映画の監督は大林宣彦さん。邦画ファンなら誰もが、その作品を一度は目にした事があるはずです。

「さびしんぼう」は大林監督を有名にさせた旧尾道3部作の最後の作品。私のお気に入り邦画BEST5に入る作品でもあります。

「転校生」の奇抜なアイディアとストーリー展開、「時を掛ける少女」のミステリアス、そして「さびしんぼう」の純愛、3部作を簡単に紹介するとこんな感じでしょうか?

劇場公開は1985年4月13日。その言葉自体今ではすっかり懐かしい響きになってしまいましたが、同時上映に松田聖子主演「カリブ・愛のシンフォニー」。歴史を感じますね。20年以上も昔の映画です。

私はこの「さびしんぼう」のDVDを所有していて約2年半振りに観たのですが、高校生当時に感じなかった恋の痛みが今となってひしひしと伝わり、時折涙ぐみながらの鑑賞となりました。


今回のコラムはストーリーを紹介しながら解説しつつ、ロケ地を訪れた思い出を語りたいと思います。


それでは、スタートです。


オープニングは画面いっぱいに映し出される言葉で始まります。

と同時に始まる音楽とナレーション。

その内容は主人公ヒロキ自身の紹介とこれからのストーリー展開に必要ないくつかの点を無駄なく詰め込んでいるのですが、長さはなんと4分半。DVDのカウンターを気にしなければ1分と感じないでしょう。それはきっと音楽と映像とナレーションの絶妙な噛み合わせの賜物です。

この映画は、最後までこの関係が絶妙です。メインテーマとも呼べるショパンの「別れの曲」を様々なアレンジに変え主人公の心の抑揚を見事に表現しつつ、シーンの変わり目にさり気なく、そして短く挟まれるナレーション、この三つの関係が見事なまでに上手くいっているのです。

台詞に関しては、演技が大げさに感じる部分が前半に多いのですが、これも無駄のない台詞を使いつつ後半の胸がキュンとする恋愛感情を引き出す為の仕掛けと言えます。

以前「サトラレ」のコラムで紹介した「笑わせて泣かせる」手法に似ているとも言えます。

オープニング直後の切なさを感じるナレーションから一転、仲良し3人組のいたずらっぷりが少しずつ笑いを誘い始めます。

ヒロキは親友を引き連れ、お寺である家の本堂の掃除を手伝わせます。もちろんそれには裏があり、ヒロキはそこで小遣いを稼ぎカメラ購入代金の借金を、残りを親友の為のスキヤキ材料購入に充てています。

もちろん家で食べるわけにはいかないので、ある場所へ進入するわけです。

お寺に住んでいるのはヒロキの両親と、ヒロキ、そしておばあちゃん。

おばあちゃんを演じるのは今は亡き浦辺粂子さん。

昨年なくなられた原ひさ子と共に邦画界の「おばあちゃん」的存在でした。

この映画の、シーンとシーンのつなぎ目に違和感を感じさせず、尚かつ気持ちを切り替えて次に挑める心構えを優しく引き出してくれるひとつの要因として、時折挟まれる浦辺さんの演技が挙げられると思います。

演技かどうか分からない程に自然で、ほんの一言に感じるおとぼけさ。

素晴らしい人を亡くしてしまったなと、今でも感じます。この味が出せるおばあちゃんは、今は居ないと言っても過言ではないでしょう。

ふざけながら掃除をしている3人組に悲劇が襲いかかるのですが、それは3人にとっては決して悲劇ではなく、「しまった」程度の出来事でした。しかしこれが、(白塗りの)さびしんぼうがこの世に舞い降りてくる切っ掛けとなるのです。

ここから先は、目まぐるしく物語が展開していきます。理科室でのスキヤキが見つかってしまいバツとしての校長室掃除。ふざけながら掃除しつつ「タヌキのキンタマ」を校長の飼うオウムへ教え帰宅。寺の下にある三叉路で偶然あこがれのさびしんぼう、百合子(この時点でまだ名前は知りませんが)とすれ違い、家の中では(白塗りの)さびしんぼうと出会う。

やがてPTA会長と校長の怒りと、母親の失笑を買い、自宅謹慎となってしまいます。

この映画で特に印象的なロケ地のひとつに、小坊主姿のヒロキが友達と待ち合わせたがあります。

尾道は20年経った今でもロケマップを無料で配っているのですが、そこにこのロケ地のヒントが隠されています。そう、隠されているだけなのです。具体的な町名や番地は一切記載が無く、ロケ地の名前とモノクロのイラストと道路のみが描かれています。

DVDの特典映像で監督が語っていますが、迷って探しながら尾道を知って欲しいという希望が込められているのだそうです。

そして訪れた人は、見事にそれにはまってしまい、虜になってしまいます。

以前書いた旅日記「ひたすら3800キロ」の8・9日目にも書いた事なのですが、単に映画の魅力だけでなく、街並みの魅力、そして街に住む人々の温かい心が大きく作用しているのです。

尾道の登場する映画でお気に入りがあるのでしたら、一度行かれる事をオススメします。それには時間が必要ですが、丸2日掛ければ、地元の人の助けもありマップのロケ地は全て探せるはずです(正確には一箇所は見つからないのですが・・・)

自宅謹慎を破った二人が向かったのはもう一人の友達の家。彼の家は商店街のど真ん中。

もちろんバレないはずなど無く、運悪くPTA会長と出会し、騒ぎは最高潮。音楽までも巻き込んで、おふざけモードは全開です。

と、ここで冒頭に述べた手法のひとつが、効果音をも駆使して、忘れられないシーンを作り出します。

あこがれのさびしんぼう、百合子が偶然通りかかるのです。

急に聞こえなくなる回りのざわめき。その中に徐々に消えていく友の声。偶然の衝撃を、ピアノの響きと共に見事に表現しています。このシーンは特に気に入っています。

追いかけるヒロキは堤防伝いに走り、百合子が渡船に乗る事を確認します。彼女は尾道の高校に通っていたのですが、隣町に住んでいたのです。その事実がここで分かります。

ここで登場する福本渡船は、現在も同じ船で運航しています。本当に短い距離なのですが、向島に架かる橋までは距離があり、今でも庶民の足として成り立っているようですね。ちなみに「男たちのYAMATO」で使われたロケセットは、この福本渡船の向島側の船着き場から近い場所にあるそうです。

今尾道では、このロケセットはある大きな波紋を起こしています。

「ロケセットは映画の中でこそ生きるもの」そう考える大林監督が異議を唱えているのです。公開されている間は尾道とは絶縁だ、と講演会等で訴え、終わるまで尾道に帰らないとの事です。

そう言われてみれば私が巡った、大林監督の尾道でのロケ地には立て看板など一切ありません。古き良きものを大切にしている心の表れであると同時に、先程の監督の言葉が痛い程良く判る気がします。

恐らくGWで公開は終了するでしょうから、今後の監督の動向が気になるところですね。

さて、(白塗りの)さびしんぼうはとうとう家族の前にも姿を現し、騒動が大きくなっていきます。もちろん家族以外をも巻き込み初めての大騒動。浦辺粂子さんのカルタ取りシーンとの組み合わせは絶妙で、ここで笑いは最高潮になります。

冬休みも終わり、学校に行ったヒロキを興味本位のからかっている眼差しで見る同級生達。ヒロキの同級生達は母が気がおかしくなったと思い、家を訪れさらに大騒ぎ。投げたゴキブリと共に再び表れる(白塗りの)さびしんぼう。

いよいよ収拾がつかなくなってしまいます。

ふと寂しくなるヒロキ。

(白塗りの)さびしんぼうを裏の墓地へ呼び出し、もう出てくるなというシーンも忘れられません。

実はこの時さびしんぼうが座っていた場所は現在、映画を撮影されたカメラマンが眠る場所でもあります。その事実を知らずに、現地を訪れた私は何やら複雑な気持ちになったと同時に、そこから見える尾道の景色の素晴らしさに心を打たれました。


ここから先は、もうストーリー紹介は必要ないですね。

恐らくこの映画は30歳代以上の殆どが観ているはずですから。


物語後半は緩やかで甘く切ない展開になります。

一気に悲しみが押し寄せるのではなく、徐々に徐々に切なさに包まれた悲しみが生まれてくるのです。

「別れの曲」の見事なアレンジと、オリジナルの旋律が観ている者の心を音楽のように操っていきます。

今回は、今までになく切なくなった後半ですが、初めて気付いた事も多々ありました。

父との風呂のシーンで、監督が何を言いたかったのか?

それから登校前のヒロキと掃除中の母が出会う階段のシーン。一瞬見せる母の「恋する乙女」の様な表情。

そして最後の最後にほんの僅かだけ描かれる未来。

劇場公開から20年以上経った今この瞬間、尾道でこの場面が存在しているのかと考えると、時の流れを感じると共に、あの頃と代わらない恋心、いやあの時以上に強くなった恋心に、胸が痛くなりました。


そう、この映画はまさに、私の「恋心の原点」だったのです。

観終えた今、気付きました。


あなたの心の中には、こんな素晴らしい感情を呼び覚ましてくれる映画はありますか?

そしてその映画を大切にしていますか?

もし愛している映画であるなら、一度ロケ地を訪れてみてください。

きっと、今まで以上に愛情が湧いてくるでしょうから。


さて今回のコラムに関連して、次回は「極私的ロケ地の旅」をお贈りします。

私が訪れたロケ地と、その映画にまつわる話を交え、紹介していきたいと思います。


それでは、また!


1985年日本映画 110分

監督     大林宣彦

音楽     宮崎尚志

脚本     剣持亘

       内藤忠司

       大林宣彦

原作     山中恒 「なんだかへんて子」

撮影監督   阪本善尚

美術デザイン 藤谷和夫

音響デザイン 林昌平

出演     富田靖子 尾美としのり 藤田弓子 小林稔侍 秋川リサ 入江若葉 佐藤允 浦辺粂子 根岸季衣 樹木希林 小林聡美

0 件のコメント:

コメントを投稿