2006年9月30日土曜日

デイライト

スタローンと言えば、誰もが思いつくのはアクション俳優。

そしてそのイメージが強いが為に、何かと苦労が多いのも事実。

ドラマをやっても評価されず、コメディをやっては貶されて、と散々。

独特の訛りと鼻づまりの声、筋肉隆々の体から想像する不器用なイメージが災いし、ほとんどに人に固定したイメージを植え付けてしまいます。

でも実は、自分から作品を開拓したり、脚本を書いたり、監督したり、と才能に溢れているのはこれまでの作品から見ても疑いようもない事実です。

そして私は、その悪いイメージを払拭してくれる魅力を持った3作品が特に好きで、そのうち2作品は今も時々思い出したように見ています。

1つ目は、以前のコラムで書いた「ランボー」。うちに秘めた悲しみが、淡々とした表情からにじみ出ている傑作で、アクションの仮面を冠った社会派な作品です。

そしてもうひとつの作品が、今回お贈りする「デイライト」。

この作品公開当時は、肉体的な問題もありこれが最後のアクション作品とされていました。

しかしこの映画は、パニックアクションでありながらもそこに登場する人物の背景がしっかりと生かされており、パニックドラマの位置づけが強いのです。

そう、アクションはあくまで脇役だ、と私は思います。


物語は、産廃業者の怪しげな会話から始まります。

よその州へ持ち出せばあとは知った事ではない、と取れるような会話が、嫌な予感を過らせます。

夢を追いかけてNYに来た女性は、戯曲の原稿が採用されず、恋人には妻子がいてその不倫にも終止符を打ちたいと願っていますが、追い討ちをかけるように恋人からの電話。そこから聞こえる家族の声に、怒り心頭。さらに追い討ちをかけたのは自身の住む劣悪な環境。

発作的に荷物をまとめて家を出ます。

向かった先は一つのトンネル。

いつも当たり前に使っていた、何十年も前からそこにあるトンネルでした。

そのトンネルには、これから起こる大惨事を想像さえしないであろう人々の乗る、多くの自動車が吸い込まれていきます。

娘一人と両親の家族連れ、実力と運でのし上がってきた会社経営のスポーツマン、犯罪を犯し送還中の少年少女、立派な犬を連れた一見幸せそうな老夫婦。そしてここを生業とする警備員。いつもと変わらない日常がそこにはありました。

そしてNYでは当たり前に起こるであろう一つの小さな強盗が、そこに居合わせた何百人の人生を狂わせる事となるのです・・・


この映画でのスタローンは、悩みもしますし、怖じ気づいたり、パニックを起こしそうになったりします。

過去の失敗に苦悩する姿は、それまでの「ヒーロー」ではなく、まさにごく普通の人間です。

そして主人公ではあるのですがさほど目立つ事なく、先ほど紹介した登場人物たちと同じ位置に描かれ、観客の感情移入を促しています。

パニック映画が心に残る理由の一つに、多くの登場人物の中に誰かしら自分に似た人物がいて、その人になりきったような感覚で映画を見ると言うものがあります。

その点でこの映画は、素晴らしいと思います。

登場人物は展開が分からなくなるほど多くもなく、偏りを生まないほど少なくもない。より多くの観客が感情移入しやすい環境になっているのです。

何事も成功させた運と実力の持ち主、10歳前後の少女と両親、罪を犯した不良少年少女、夢破れた女性、人生を楽しく生きているつもりがなに一つ生み出していない事に気づく警備員、心の闇を背負った老夫婦。

そして人を死なせてしまった事が今も心の傷となり苦悩する主人公。

自分自身に投影できなくても、身の回りの極親しい人に必ずいるであろう登場人物の設定が、上記の感覚を不自然な事なく観客へ植え付けるのです。

この映画の素晴らしい点はまだ他にもあります。それは物語の展開の良さです。

映画の前半は、序章、爆破の惨事、救出への決意と行動、を隙なく描き観客を一気に引き込んでくれます。

トンネルと言う密室に閉じ込められたと言う絶望感は、津波のように何度も押し寄せる障害によってさらに高まります。

トンネルの上には、零度の寒さの川。当然流れ込む水は人間の命を奪う凶器です。

限りある空間にある空気も当然限りがあり、しかし押し寄せる水は、人間の住む環境をこれでもかと狭めていきます。

ただでさえ息苦しく感じてしまうこの密室をさらに狭める危機が次々と押し寄せ、観客に休息を与えようとしません。

やがて生まれる犠牲者。物語の進行するにつれその登場人物の背景が観客にも分かっていき、その人が犠牲者になった時に、同情と言う悲しみの涙を誘うのです。

前回のコラムで紹介した「密室の中の密室」というシチュエーションが、この映画では形を変えて登場してします。

それは逃げ道の塞がれたトンネルにいくつか存在する逃げ道です。

1つ目は、無事に残るもう一方のトンネルへと通じる連絡通路。

これはあっけなく崩壊します。

2つ目は、対策中に知った情報の一つでかつての作業員たちが居住した区域の存在。犠牲者を出しながらもたどり着きますが、やがて迫りくる水に埋まっていきます。

3つ目は、その裏に隠されたもう一つの空間。

やっとの思いでたどり着きますが、そこには悲しい運命が・・・

次々に狭くなる空間は、迫りくる危機と相まって、絶望にも似た観客の気持ちを激しく揺さぶっていきます。生き延びたい!そんな気持ちさえ生まれてくるのです。


ハリウッド映画はハッピーエンドを好む。

ましてや、超一流のスターが主演なら死なない。


誰もが分かっている事実ですが、この映画には分かっていながらも引き込まれる上記のような魅力がたくさん詰まっているのです。


いかがでしたか?

密室ものとひとくくりにするにはもったいないほど、様々なバリエーションが存在する事をお分かりいただけたでしょうか?

次回のコラムは、そんな密室ものの「とりあえずの」締めくくりとして、「ショーシャンクの空に」をお贈りします。

無実の罪で刑務所に収監された男の、勇気と真実の物語です。

「こんな映画があったのか!」と感動していただけると幸いです。

ネタバレ全開で行きますので、ぜひご覧になってからこのコラムに挑んでください。


それでは、また!


1996年アメリカ映画 114分

監督 ロブ・コーエン

製作 ジョン・デイビス ジョゼフ・M・シンガー ディビッド・T・フレンドリー

脚本 レスリー・ボーエン

編集 ピーター・アマンドソン

音楽 ランディ・エデルマン

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