2006年3月31日金曜日

サマータイムマシンブルース (ネタバレ編)

毎度毎度の事ながら、今回もあと5分で危うく4月に突入してしまうところでした(笑)

まさに「ギリギリセーフ」って感じでしょうか?

映画を観ていない方には、この台詞の意味は分からないかと思いますが、実はこの台詞のシーンにはある秘密が隠されています。

それに関しては、後程。


さて、今回のコラムは激しくネタバレしています。

笑いのポイントや、ディープに隠された秘密、撮影の事など。

ご覧になっていない方が読んでしまうと、楽しみが半減どころか、激減してしまいますので、どうか今回のコラムは、必ずご覧になってからお読み下さい。


最初の10分、まったりと時間が進んでいて、何が始まるのか全く読めずヤキモキされたのではないでしょうか?

実はここは、物語を何度も楽しむ上で絶対にはずせない大切な前置きなのです。

勘の良い方は、最後までご覧にならずとも途中で分かるかと思いますが、物語後半で繰り返されるタイムスリップの直接的な伏線だらけなのです。

そしてその伏線のシーンには、ある効果音が必ず付けられ、画面上の処理もブラックアウトという区切りがつけられているのです。

と言うわけで、初見ではつまらないシーンも、2回目3回目と観るにつれて、新たな発見や楽しみが増してくるのです。

これを私は勝手ながら、「本広マジック」と呼ばせて頂きます。

「踊る大捜査線」シリーズや、「サトラレ」でも同様のマジックが隠されていますので、今一度ご覧になってみて下さい。そこでもし、新たな発見が有れば、あなたも「本広マジック」の体験者です。


この作品の中には、小道具が大活躍しています。

それは「タイムマシーン」と言う主役と呼べるほど存在感のあるものから、事件をより大きくさせる「ヴィダルサスーン」、さらにはファミコンなのに投げつける道具としか使われない「ハリキリスタジアム」、SF研部室内の古びたポスター等々。

この4点に関して、ちょっとだけ触れたいと思います。

まずはタイムマシーン。

この映画の原作は舞台であり、その舞台ではドラえもんのタイムマシーンそのものが登場していました。

しかし映画では、全く違いレトロチックなデザインです。

実は、DVDのコメンタリー内で監督自身が語られているのですが、このデザインはHGウェルズ原作のタイムマシーンをイメージされているようです。それに加えて美術デザインの相馬さん(元アントラーズの選手と同姓同名、しかも同じ漢字!)という方のカメ好きが高じて、あのような甲羅がついたとか。

この甲羅も映画の大事な伏線ですね(笑)

次はヴィダルサスーン。

なぜ新美がヴィダルサスーンを愛用しているのかは不明ですが、そのギャップが笑いのひとつの要素であるには違いないでしょう。

しかも今回この映画では、初日に「ある」リンクネタを披露してくれたのです。

何と、とある劇場で先着順ですが、最新の「ヴィダルサスーン」シャンプーとコンディショナーをセットでプレゼント!

貰った私が、思わず苦笑したのは言うまでもありません。もちろん今でも大事に取って置いてありますよ。

ただ残念な事に、パッケージデザインが変わってしまったのです。メーカーが合わせたのかどうかは不明ですが、なんと劇場公開初日が、新パッケージの発売日(笑)

次はハリキリスタジアム。

これもコメンタリーの中で語られている事なのですが、なかなか美しい当たり方をしてくれなくて、役者さん達の頭に何十回となくぶつけられたとか。このゲームを使用するシーンがひとつもない代わりに、この様な使われ方も有るわけですね。

最後は部室内のポスター等。30〜40代の方々には、懐かしいものばかりです。「E.T.」や「ガンダム」の劇場公開当時のポスターは、特に興味をそそられたのではないでしょうか?ちなみに私が一番惹かれたのは「ハヤカワSFフェア」のポスター。中高生当時読んでいた小説を思い出しました。

そのポスター類は有る程度SFに関係しているから分かるのですが、部活動とは全く関係ない「オロナミンC」や由美かおるさんの「アース製薬」の鉄看板、「工事中」や「チカン注意」の看板などは、恐らく収拾癖のある石松の仕業でしょうね。

ちなみに「ガンダム」のポスターはこの映画の大切なリンクです。

劇中で、ズッコケ3人組(石松・新美・小泉)が過去へ初タイムスリップしたシーンを思い出して下さい。

どこかで聞いた事がある音楽が聞こえませんでしたか?

そうTV版ガンダム(ファースト)で、使用されていた音楽が当時のアレンジのまま(正確に言うと途中切れたりして笑いの要素の一つになってしまっていますが)2曲程使われているのです。元作品での躍動感そのままに、この映画を盛り上げてくれています。

これはかなり画期的な事なのだそうです。未だかつて、ガンダムのサントラは他の映画で使われた事がないのです。

それもこれも無類のガンダム好きである本広監督だからこそ実現した、夢のコラボレーションですね。


前置きが長くなってしまいましたが、そろそろ本題のタイムスリップに触れる事としましょう。

既に気付かれた方も多いとは思いますが、過去へ行くのと、未来へ行くのでは、移動方法が違うんですね。

過去は下へ、未来は上へ、それぞれグニュッと(笑)

そして物語中盤から、過去のシーンと未来のシーンを忙しく交互に描いていますが、ここにも上記の法則が隠れています。

「スロットマシーン」の様な効果音と共に、画面が上下しているのです。シーンが未来から過去へ変わる時はワイプ(シーンの切り替え)が下がり、逆は上がる、と言うように。

この辺りは、同じ場所で過去と未来を描き、しかも殆ど時間差のない場所の混同を避ける為に施された、細かなこだわりと言えると思います。

余談になりますが、このタイムマシーンは、映画館で実機が展示されました。

残念ながら写真には収めなかったのですが、パタパタと動きながら愛嬌を振りまいて、映画を観終えたお客の心を和ませていました。


さて次は撮影に関する秘密を。

この映画は、本広監督が初めてプロデュースを努めた作品です。

映画館にタイムマシーンが展示されたり、ヴィダルサスーンが配られるなど、有る程度自由度が利くのも、そのおかげと言えるでしょう。

それまでの本広監督作品と言えば、国内最大級の配給会社やTV局がバックアップとして名を連ね、宣伝活動も大々的に行われていました。邦画界で大作と言える作品は、殆どがこのような形態で上映に向かって進んでいくのです。

しかしながら、入念なマーケティングと引き替えに、監督の要望とは違った意図を埋め込まれてしまう事も、当然ながら有ることでしょう。

細かなところまでこだわり、自分の造りたい映画を造る。そんな熱意の表れが、今回の作品にはひしひしと感じられます。その証拠に、この映画のエンドロールには次への伏線が隠されています。

この映画は、本広監督プロデュース作品の第1弾なのです。

エンドロール終了直前、画面の左上をよくご覧になって下さい。

#01と書いてあるでしょう。

実際に監督のインタビュー等では、定期的に面白い舞台などを原作に自由度の利く映画を10本程造ると答えています。

今後に期待したいところですね。

余談ですが、私は「スペーストラベラーズ」の続編を観てみたいと、かねてから思っています。きっと実現されると信じながら、今は待つ事としましょう。

この映画は香川県が舞台となっています。本広監督の故郷です。そこで長期間のロケが行われたのですが、実は編集者である田口さんは、同じ時間に東京で仕事をしていました。しかしなぜか、撮影の翌日には繋がった画が監督や出演者達の元で見られていたのです。

これが、以前「交渉人真下正義」のコラムで軽く触れた、もう一つの新しい試みです。

まず断っておかなければならないのは、この映画の撮影は全てデジタルです。

パソコンでネットを使用する方なら、その原理はある程度分かるかと思いますが、ここで簡単に説明しましょう。

アナログというのは、そのものをそのままに焼き付けたり記録したりするものですが、デジタルというのは数字に置き換えています。膨大な情報量を0と1の数字に置き換え記録するのです。

つまりこの映画の秘密は、こういう事です。

香川で撮影されたデーターが、デジタル回線を使って東京に転送。そのデーターを東京で編集し、翌日には香川に最転送。翌日には、不満のあるシーンを取り直す事も出来る画期的な流れが確立したのです。

今はまだ、フィルムによる撮影が多いと聞きますが、いずれ映画はこのシステムに置き換わるものと、私は確信しています。

取り直しが利くだけでなく、制作時間の短縮が、上映まで短時間にこぎ着けるという、観る者にとっても嬉しい流れを生み出してくれるからです。

と、最新の技術にこだわっている事ばかり全面に押し出した作品のようですが、実はアナログな手法を用いたシーンもあります。

これは有るトークショーで編集者である田口さんの口から語られた事なのですが、非常に興味深い事なので、ここで簡単に触れたいと思います。

銭湯のシーンを思い出して下さい。ここで過去と未来の同じ登場人物が、銭湯の浴槽と、脱衣所に二人登場します。最近の映画に見慣れた人は、これを別々に撮影し合成したと思う事でしょう。

ところが実は、合成をしていないのです。

もちろん双生児(劇中ではソーセージと引っかけって笑わせていましたね)でもないです。フランクフルトでもないですよ(笑)

別々に撮影したのは確かなのですが、実はただ編集しただけなのです。脱衣所から浴槽へカメラが動いた際、柱などが写るボケ具合を上手く利用し、編集で誤魔化しているのです。

この手法は過去には良く行われていたようで、それをあえてCG全盛期の時代に使い、古き良き時代の映画と最新の技術を試すというこのバランス感覚。

映画と最新技術を愛する人だからこそ出来る、愛情のひとつと言えるでしょう。

どうです?段々と本広監督作品が好きになってきませんか?


え?まだ?


そんなあなたの為に、ここから先は極上の秘密をお話ししましょう。

この映画では、無秩序にタイムスリップが行われていたように見えますが、実は違います。

時間監視人とも言える、神の存在が隠れているのです。

あまりのさりげなさに、思い出せないでしょう。

それではヒントを差し上げます。

石松がギンギンを盗んできましたね。そのギンギンが置いてあったのは、「くすりの松井」。

そのギンギンがアップで写ったシーンをよーく観て下さい。

店の入口に幾つかポスターが貼ってあります。その内のひとつ、真っ黒な防犯ポスターは見つかりましたか?

そこに写っているのは升穀さん。本広監督の映画では「7月7日、晴れ」での好演が光っていましたが、今回はかなり地味に、しかもしつこいぐらいに登場しています。

この防犯ポスターも、登場するシーンによってデザインが変わります(ここが時間を監視しているという重要な意味を示しているのです)。

それ以外にも、お寺を歩くお遍路さん、薬局前の通りを歩くサラリーマン、田村君がいつの時代かを聞いた軽トラの運転手等々、主要登場人物達の行動を見守っています。特に大事なのは、沼へ落ちた曽我が溺れそうになったシーン。なんと、河童伝説の当事者の内の一人だったのです(加わる事で時間をコントロールしているとも言えますが・・・)。

お寺の前で新美が甲本へ自慢げにヴィダルサスーンを見せたシーンを覚えていますか?

「これはセーフでいいのかな?」と弱気な台詞を口にしましたね。この後、再び新美が写るのですが、実はその後ろを歩くお遍路さんが升穀さんで、しかも見切れるくらいにさり気なく「セーフ」のポーズを取っているのです。

まだここには上げていないシーンにも登場されているので、是非是非探してみて下さい。

もし、発見したら、掲示板にでも書き込んで下さい。

その時は、映画のネタバレトークで暑く(笑)盛り上がりましょうか?


今回のコラムはここでおしまいです。

登場人物のそれぞれの味や台詞の面白さ、ボケの法則など、まだまだ語りたい事は山程有るのですが、それはまたいつかと言う事でお許し下さいませ。


次回のコラムは、同じ香川繋がりで「世界の中心で、愛を叫ぶ」を取り上げたいと思います。

この作品に関しては、紹介は必要ないですよね。

では、再来週にお会いしましょう。


それでは、また!

2006年3月20日月曜日

サマータイムマシンブルース (紹介編)

2月下旬の更新と言っておきながら、またしても遅くなってしまいました。

毎度の事ながら、申し訳ありません。

その理由にはなりませんが、今回のコラムで取り上げる作品「サマータイムマシンブルース」のDVDを2月24日に購入して、既に3回も観てしまいました(笑)

劇場で観た際に大爆笑したのは言うまでもないのですが、はっきり言ってハマッてます。

このノリが、癖になってます。

と言っても、ご覧になっていない方には、何の事やらさっぱりですよね。

では、前置きはここまでにして・・・


タイムスリップ、タイムトラベル、タイムトリップ、等々、時間を超越する小説や映画のどれにも共通しているのが、スケールの大きさや、ロマン溢れる物語、そしてハラハラドキドキするスリル。

しかし今回ご紹介するこの映画は、ちょっと違います。特に最初の2点は当てはまらないに等しいかと思います。と聞くと、つまらない作品に思えてしまうのですが、これがとんでもなく面白い!!

大規模上映ではなかった為に、劇場で上映されている事自体知らない方が多いのが事実です。

よって、邦画好きや舞台好きな人以外に、残念ながらこの映画の知名度はあまりありません。

それでも、タイムトラベルものの好きな方には是非観て頂きたく、そしてハマって何度も見返して欲しく思う作品の為、今回のコラムは紹介にを中心に、次回のコラムをネタバレに展開していこうかと思います。


さて、あなたの前に突然タイムマシンが現れたとします。

もちろん、現代人の私たちにも分かりやすい機械としてですよ。

バック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンで、時間操作のパネルがありましたよね?あれくらい簡単な操作とイメージして下さい。

あなたはどうしますか?

殆どの人は、まず使ってみたい衝動に駆られるでしょう。

さて、次はどうします?どの時代に行ってみます?

恐らく最初に思いつくのは、歴史で習った事柄を確かめに行ったりする事でしょう。そうでなければ身近な人々の生い立ちや、未来を見に行こうと思うかも知れません。

でも、ちょっと待って下さい。

現実は果たしてそうでしょうか?

どれも自分にとってはあまり利益がありませんよね?まずは目先の事を考えて、自分のためになることをするのではないでしょうか?

この映画は、そんな切り口で描いています。

それもごく最近体験した後悔を払拭する為に。


戻るのは昨日です(笑)


ここだけ聞くと、スケールの小さな作品に思えるでしょうが、ここは騙されたと思って一度観て下さい。

限られたスペースの中で演じなければならない舞台が原作の為、非常に良く練り上げられたストーリー展開である上に、最初の10分を除いて(その10分も後々大きな意味を持ってくるのですが・・・)息をもつかせぬ、それでいておバカなスリルがあなたを「なるほど!」と「爆笑」の渦に巻き込んでくれる事間違いありません。


それでもまだ、観る気になれませんか?

では、以下のサイトに行ってみて下さい。


http://www.eigaseikatu.com/title/13305/


HPを閲覧した方の投票で、映画の満足度を集計しています。

どうです?投票数の多さと得点の高さから判断しても、かなりレベルの高い作品と言う事が分かるかと思います。


この映画には、他にも特筆すべき事があります。

それはサントラの使われ方。

メインは、この映画の為に書き下ろされたオリジナルですが、それも一風変わっています。

テクノ調というか、一世代前のゲーム音楽っぽさを醸し出すメロディー。頭の中にこだまします(笑)

本広映画のサントラは、かなり頻繁にTV番組のBGMで流れています。特に多いのは、「踊る大捜査線」「スペーストラベラーズ」「サトラレ」ですが、最近は本作もかなり頻繁に使われています。映画本編をご覧になれば、きっと気付く事でしょう。

オリジナルの他にも、1stガンダム世代にはたまらない曲や、往年の洋楽ファンにも聞き覚えのあるあの曲等々、遊び心に満ちあふれたサントラと言えます。(但し、オリジナル以外はサントラ盤未収録)

そして、これは前回のコラムにも通じるのですが、笑いながら映画本編を思い出させてくれる、そんな一風変わった曲がサントラに収録されているのです。いわゆる台詞付きの進化系と言えるでしょう。

その曲は、メロディーと劇中の台詞を旨く重ね合わせ、ちょっと昔のリミックス盤のような乗りなのですが、海外のサントラにも負けない秀逸な出来映えです。

映画を観終え帰りの高速バスの中で、iPodに入れてあったサントラを聞きながら、吹き出しそうになったくらいですから(笑)

興味のある方は、是非ご購入ください。サントラ盤に関しては、きっとレンタルで在庫を置いている店はないでしょうから。


それでも、観る気になりませんか?

後はもう知りません。

その代わり、後悔しますよ。後に誰かから薦められる事になったりしたら(笑)

まずは、レンタルで構いませんから、是非是非観て下さいませ。


ちょっと短いですが、今回のコラムはこれまで。

次回は3月末にネタバレ編です。

どうかそれまでに、是非是非ご覧下さいませ!


それでは、また。


2005年日本映画  107分

プロデュース・監督 本広克行

原作・脚本     上田誠(ヨーロッパ企画)

音楽    HALFBY&STRAUSS

エンディングテーマ 「LCDD」Tommy heavenly6 

撮影    川越一成

録音    芦原邦雄

照明    加瀬弘行

VE    吉川博文

編集    田口拓也

装飾    龍田哲児

出演    瑛太 上野樹里 与座嘉秋 川岡大次郎 ムロツヨシ 永野宗典 本多力 真木よう子 升穀 三上市朗 楠見薫 川下大洋 佐々木蔵之介

2006年3月18日土曜日

夜のピクニック

前回、毎週更新をお約束しておきながら、いきなり破ってしまったことをお詫び致します。

これには理由があるのですが、今はまだお話し出来ません。

年末に、ある映画と絡めてお話し出来ると思いますので、どうかそれまでお待ちください。そしてどうかお許しください。


昨年は映画館での邦画の売り上げが21年ぶりに洋画を上回ったそうです。

そこには様々な理由があるのですが、大きな柱として言えるのは、それだけ邦画が元気になって来たと言うことでしょう。ただ、それを維持させる為には、観客を飽きさせず映画館へ運ばせると言う努力が、今後も必要なわけで、よりいっそう邦画のレベルを上げて行かなければならない、と言うことだと思います。

映画であるべき企画だけが映画としてスクリーンに登場しなければならないのです。

TVでも済んでしまう企画なら、私たち観客は映画館へは足を運びません。

それだけは、映画を作る側の方に徹底して欲しいと、一観客である私は切に願います。

それに関連していることなのですが、最近邦画が元気な理由のひとつに「フィルムコミッション」の存在が上げられます。

映画を好きな人なら既にご存知かと思いますが、「フィルムコミッション」とは映画やTV等の撮影に付随する様々な支援を行う組織のことです。

企画段階で映画の撮影場所を探す手伝いをしたり、撮影時のエキストラ手配やボランティアスタッフ等、その活動は多岐にわたります。

しかしこの組織の目的は、それだけにとどまりません。

あなたはロケ地へ行ったことはありますか?

それはきっと、映画等でその場所に特別な思い入れがあるからでしょう。

映画やTV等が「行きたくなる場所」の宣伝を間接的にしてくれる訳です。

「フィルムコミッション」の多くが、自治体が直接関与、または運営している理由は、そこにあります。

営利的な組織ではないけれども、間接的に地元の宣伝活動を行っている訳です。

2001年の8月に全国の協議会が作られて以降、現在では100を越える勢いで増え続けています。

邦画の元気は、これだけ多くの撮影支援組織があるおかげとも言える訳です。

私の住む鹿嶋市には、残念ながらフィルムコミッションは存在しません。

昭和40年代の鹿嶋開発以降、様々な映画やTVの撮影が行われているのに、です。

鹿嶋の立地は、ご存知の方も多いかと思いますが、東京から高速道路で約1時間30分。

東京近郊に本拠地を置く多くの制作会社にとっては、比較的予算もかからず身近にロケを行える場所であるのです。

もちろんTV番組等にも、取り上げてもらいやすい題材が数多く存在しています。

例えばサッカー。最近は優勝から遠ざかっていますが、それでも中継等で多数の製作者たちが訪れています。

他にも自然の産物が、豊富であるとも言えるでしょう。

海や、川、北浦等の釣りも有名です。数多くの芸能人がお忍びで釣りに訪れることもあります。

特に冬場は、ひらめ等の魚を釣る為に、沢山の釣り人が訪れています。

TVの釣り番組等でも良く放送されています。

それだけ鹿嶋と言うのは、映画やTVと近い存在なのです。

なのに、鹿嶋には組織が存在しません。しかし全くその動きがない訳ではありません。

私の友人である市議会議員は、「フィルムコミッション」の重要性を6年前から、議会等で説いています。

すでに一般質問では3度も取り上げているのですが、造ろうと言う動きは残念ながら起こっていません。

でも変わろうとしている兆しはあります。

2~3月にかけては鹿嶋市の協力で2時間もののTVドラマ撮影が行われていました。ある芸能人のご家族が鹿嶋市の出身である為に実現した企画であり、オール鹿嶋ロケと言うのは今回が初めてです。

TV放映は4~5月頃を予定しているそうですが、正式な日程が分かり次第、こちらでもご報告したいと思います。


さて前置きが長くなりましたが、今回お贈りする「夜のピクニック」には、実はフィルムコミッションの存在が欠かせないのです。

既にご覧になった方はお気づきかと思いますが、茨城県各所、特に水戸近辺は数多くの様々な団体が協力してます。

それだけ多くの地元民に支えられた映画なのです。

映画の中心である「歩行祭」を支えるスタッフのごとく、映画を支える為に茨城県民がひとつになった記念すべき作品と言えるのではないでしょうか?


主演をつとめる多部未華子さんは映画「HINOKIO」で本格デビュー後、映画を中心に活躍されている、これからが期待される女優の一人です。

凛としながらも何処か陰があり、それでいて一途なところが印象的でありますが、DVDのコメンタリーを聞くとまた違う一面が垣間みれるので、映画を気に入られた方は、是非コメンタリーを聞くことをお勧めします。

もう一人の主演を務めるのは、石田拓也さん。JUNON SUPERBOYコンテスト出身で、ここ2~3年程TVに映画に活躍の場を広げていることからも、その才能が伺えるかと思います。

その二人のそれぞれの親友役には、西原亜希さんと郭智博さん。西原さんはペンギンと戯れる『suica』で有名ですね。郭さんは岩井俊二監督作品に数多く携わっています。

この映画の魅力的なところのひとつに、個性的な役者がそろっているということがあります。

上記の4人を食ってしまう程のキャラクターが沢山登場します。その役者陣が、学校での雰囲気をよりリアルなものにしてくれているのは間違いないでしょう。

中でも私が気になるのは2人。

1人は、昼に弱くよるに強いロック少年を演じた柄本佑さん。名字からもお分かりかと思いますが、お父さんはあの柄本明氏。個性的な父親にも負けない存在感を、この映画では発揮しています。

もう1人は、すぐに弱音を吐く妄想好きな女性、梨香を演じた貫地谷しほりさん。「スィングガールズ」が有名ですが、最近では大河ドラマに出演、この秋からは連続テレビ小説の主役をつとめる等、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのある女優です。

脇を固める大人たちにも注目しましょう。一見強面ながら、生徒への繊細な優しさを持ち合わせる先生を演じるのは島田久作さん。主人公貴子の母親役には、南果歩さん。一見バラバラに思える個性的な若手陣を、演技で見事に中和する、素晴らしい仕事をしています。

音楽を担当するのはREMEDIOS。ピンと来ないかもしれませんが、「LOVE LETTER」など岩井俊二監督映画には欠かせない存在です。以前は麗美と言う名前で活躍されていた、と付け加えれば30代以降の方には分かるかもしれませんね。本作でも、生徒たちの揺れ動く心情をうまく表現しています。

最後になりましたが、監督は長澤雅彦さん。

「ココニイルコト」で監督デビューを果たして以降、「ソウル」「13階段」などの監督を経て本作に至りますが、映画との関わりはそれ以前からであり、初期の岩井俊二監督作品ではプロデューサーを務め、監督になってからも「はつ恋」の脚本を手がける等、活躍は多岐にわたっています。

「ココニイルコト」は私の好きな映画でもあるので、いつかまた紹介出来たら、と思います。


この映画「夜のピクニック」は観る人によって評価がはっきり別れる作品です。

私の友人には「面白くなかった」と言う感想もあります。

私は「映画の評価とは難しいもの」だと常日頃思ってます。以前レンタル店で店長を務めていた時にいくつも経験してやっと分かったのですが、万人に面白いと言われる作品はありません。

しかしほとんどの観客がつまらないと言う作品でも、その映画が一生を左右する場合もあり、その人に取っては名作でもあるのです。

だから常に、その映画を好きになってもらうには何が必要か?を考えて伝えているつもりなのですが、まだまだ力不足です。

この映画の良さは何?と聞かれると、答えは非常に難しいです。映画を面白くないと言った人が、なぜ面白くないのか、その理由も分かる気もするのです。

ではその答えは?


「体感する」


そんな良さのある映画だと思うのです。似たような経験があればそこに感情移入し、見覚えのある風景があればそれを懐かしむことも「あり」です。

そしてこの映画で何を感じて欲しいかと言うと、学生時代の淡い思い出を、昨日のことのように思い出して欲しいのです。

純粋な気持ちや心をもう一度思い出す切っ掛け、あなたにとってそんな映画であって欲しいのです。

なので今回はストーリーの細かな紹介は一切省きました。ネタバレ基本のこのコラムですが、あえてそれを破ってみたのです。

いかがですか?興味は湧いていただけましたか?


もし観ていただければ幸いです。

そして、良さを感じていただければ、私も幸せです。


さて、短い映画紹介でしたが今回はここで終わりたいと思います。

しかし、いつか別の形で、この映画のロケ地を紹介したいと思います。

今はまだその場に立っていませんが、次回紹介する作品と共に「ロケ地の旅」として紹介するつもりで居ますので、お楽しみに!


そんな訳で次回作は、去年の映画賞を総なめし、独立系映画では無理と言われていた日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞をした、


「フラガール」


をお贈り致します。

私自身の中では、この映画は非常に上位に位置している作品です。

ひょっとすると1回のコラムでは書き切れないかもしれないことを、まずお断りしておきます。


そろそろ桜の季節になってきましたが、皆さんの街ではいつ観られるのでしょうね?

そんな期待をしながらも、また来週、お会い致しましょう!


それでは、また!



映画データ


2006年日本映画 117分


監督   長澤雅彦

原作   恩田陸「夜のピクニック」

脚本   長澤雅彦・三澤慶子

編集   掛須秀一

音楽   REMEDIOS

出演   多部未華子 石田拓也 西原亜希 郭智博 貫地谷しほり 柄本佑 加藤ローサ 島田久作 南果歩 田山涼成 他

2006年2月1日水曜日

極私的感涙”映画音楽”評

いつもと違う内容・進行なので、何から書き始めて良いのか悩みますね。

まずは、ちょっとしたデーターから行きましょうか。

私は、ここ十数年程、映画館で鑑賞した映画に関してサウンドトラック盤(以下サントラ)が発売されている場合は必ず購入しています。その結果、現在の所有枚数は、TVやオムニバス形式も含めると160枚を超えています。全所有CDの約半分に迫る勢いです。

その中には、何度も何度も繰り返し聞いているお気に入りのものもかなりの数があります。

ただ、今回のコラムの趣旨とはずれてしまいそうなので、お気に入りのサントラ解説は省かせていただきます。またいつかの機会にでも、書ければと思います。


一口に映画のサントラと言っても音楽のジャンルのように多種多様です。

壮大な交響曲のように仕上げられた芸術的なものから、効果音のように静かで淡々としたものまで、数限りなく分ける事が出来ます。

その中でも私が特に気になるのは、「既存曲」と「オリジナル曲」です。

「オリジナル曲」とは言葉の通りで、その映画の為に造られた作品です。一般的にはこの形が圧倒的です。

映画が製作され、ある程度の編集がなされた時点でそれぞれのシーンに合うように造られた曲とでも言いましょうか。

難しくなってしまうのであまり詳しくは触れませんが、一般的に映画、特に大作映画というのは製作が決まった段階で殆どの場合は上映時期も決まっているようです。活気に満ちた映画界で、上映してくれる映画館の確保はかなり重要と言えましょう。ですからスケジュールはかなりタイトになる場合があります。

そんな中で、撮影・編集し、音楽を付けるとなれば、当然最後に近い行程はせっぱ詰まって造る事も多々あるようです。

それでも映画をしっかりと盛り上げてくれる見事な曲が造られるというのは、やはり素晴らしい作曲者と言う事なのでしょうね。(まず始めに脚本を元にイメージを膨らませて、曲はある程度出来ている場合も多いようです)

それでは、「既存曲」はどうでしょう。

「既存曲」の場合は大まかに分けると二通りの手法が存在します。オリジナル曲と同じ手法と、始めに曲ありきで脚本や映像を造っていく場合です。

後者は、その曲があったからこそ、インスパイアされて造られた、とでも言いましょうか。

最近はあまりありませんが、有名な曲をテーマにして造られたもの、と言えば分かりやすいでしょう。テーマになる曲が有名で有ればある程、感情移入がしやすい反面、その曲に対するイメージが邪魔をして、面白いはずの作品をつまらなくさせるという弊害もあります。ですから、造る側は慎重にならざるを得ないのでしょうね。最近、この手の映画が減っているのは、そんなところに理由があるかも知れません。

ちょっと外れてしまいますが、既存曲でも、こんな面白い使われ方もあります。

クラシックになりますが、バッハの「G線上のアリア」をご存じでしょうか?

この曲は静かで、優雅で、心の落ち着く印象を与えます。

映画でもその効果を狙って使われるのですが、ここで二つの作品をご紹介しましょう。

ひとつは、ブラッド・ピット主演「セブン」。言わずと知れた名作です。ショッキングでありながらも、地味に恐いサスペンスで、衝撃のラストが観る者に怒りと戦慄を覚えさせます。

しかしただ恐いだけではないのです。

既にご覧になった方は、「あのシーンの事?」と思い出されるでしょう。

そう、老刑事扮するモーガン・フリーマンが警察の図書館で調べものをするシーンです。

薄暗い図書館で、賭け事に興じる非番の警察官、その見慣れた仲間達と軽い談笑をしながら調べものをするシーンです。

暗く、恐い映画の中で、唯一美しいと言えるシーンではないでしょうか?そしてその後に起こる衝撃的な事件の数々を、より印象深く見せる為に一役買っています。映画館で見た私にとっては、衝撃のラストよりもこちらの方が気になったくらいです。たった数分の曲で、こんなにも心洗われるなんて、と。

さて、同じ曲を使って同じ効果を狙っているであろうはずなのに、コミカルになってしまう例もあります。

もう一つの作品は、シリーズ中で、クラシックを多用している、日本で最も有名なシリーズもの、そう、寅さんです。

「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」第11作目。

北海道の草原で無邪気に戯れる寅さんのバックでこの曲が使われます。

確かに心和むのですが、こちらはむしろ、可笑しさが込み上げてくるのはなぜでしょう?

それは日本人の殆ど誰もが知っている「下町人情の固まり」である寅さんにはおよそ似合わないであろうクラシックが、しかも無邪気にはしゃいでいる寅さんのバックに使われているという、対照的な描き方がそうさせるのでしょう。

いかがでしょうか?

同じ曲でも、描かれ方ひとつでここまで違うという見本ですね。

つまり同じ曲でも、既存曲は使い方次第で、無限大の可能性を秘めているのです。

私は密かに期待しています。

あなたの中には、ジャンルは問わず名曲がありますか?これが私の一番のお気に入り、と言う曲です。

その曲は有名ですか?

仮に有名でなくとも、映画が切っ掛けでヒット曲になる事も可能なのです。

いつか、あなたの名曲が、映画の主題曲として使われ、見向きもしなかった人の心に訴えかける時が来るかも知れませんよ。


次は、1980年代以降の映画には欠かせない歌についてです。

音楽業界と、映画業界が一緒になって、音楽と一体となった映画の為のサントラを売り込み始めたのは、1970年代後半から80年代の初頭です。

「フラッシュダンス」や「フットルース」等は、誰もが知っている程に有名になりました。

そしてその映画の中では、意味のある歌詞で映画のワンシーンを盛り上げています。

故に時が過ぎても、その時代に感じた出来事が、歌を聴く事によって甦ってくるのです。

映画が人間の身体であれば、歌はちょっとした栄養剤のようなものですね。このような使われ方は素晴らしいものです。

その他にも、映画音楽の旋律に歌詞を付けるというものも多々存在します。

これも、その映画の為に造られただけでなく、映画を観終えた後に先程と同様の効果をもたらします。

映画の主旋律にそのまま歌をのせてしまうので、こちらの方が忘れがたい存在ですね。

しかし一方、困ったものも存在します。

例えば有名な外国映画の、有名な旋律に乗せて、日本語の歌詞を付けるというもの。

全てが悪いというわけではありませんが、ちょっと興ざめしてしまう場合が多々あります。

批判になってしまうのであえて曲名は上げませんが、そこそこヒットしてしまうのは悔しい限りです。

1980年代以降、そんな業界同士の関係が少し変わってきます。

映画のサントラでなく、映画の為の歌でなく、映画に影響されて造った歌を、しかも多数集めてアルバムにするというものです。

そもそもいきなりこの形で始まったわけではありません。

私の覚えている限りでは、徐々に変化してそのような形になった、と言った方が正しいでしょう。

歌のみのサントラ盤に、なぜか映画に収録されていない歌がある。

そこからだったと記憶しています。

変に勘ぐってしまうようで自分でも嫌なのですが、歌を売り出す為の道具として映画を利用している、そうとしか思えない使われ方です。

実際、発売前のCDを購入するべくサントラを予約して、届いてみると全く関係ないものだった事もありました。

これにはガッカリです。

その時代、私は歌だけのサントラは極力避けていました。上記の弊害ですね。

しかし嬉しい事に、今現在そのようなアルバムは減っていて、純粋にサントラとして成立したものが発売されるようになっています。

そして、以前にも増して、サントラをひとつの音楽として楽しむ方が増えているのです。

ここへ来て、やっとサントラというジャンルが認められてきたのだなぁ、と私は痛感しています。


音楽業界と映画業界の関係が見え隠れしているもう一つの例をここで挙げましょう。

台詞や効果音入りのサントラです。

最近ではすっかり影を潜めてしまいました。

なぜでしょう?

私はこう分析します。

台詞入りのサントラが少なくなり始めたのはやはり1970年代後半以降です。

この時期に、一般庶民の生活を一変させるものが普及し始めたのを、皆様は覚えていますか?

今ではどの家にも当たり前にある、そう、ビデオデッキです。

ビデオデッキを普及させた原因のひとつに、レンタルビデオがあります。

そしてレンタルビデオは、それまで映画館でしか観られなかった(正確に言うと家庭用8mmフィルムで販売されていたものもあるのですが)映画をいつでも観られる、映画好きには夢のような環境を気付いてくれた功労者と言っても過言ではないでしょう。

このビデオデッキの普及が、台詞入りサントラの衰退を早めた原因と私は思うのです。

普及以前のサントラの楽しみは、映画のシーンを思い出す(出される)ひとつの道具としてでした。

その中であって、台詞というのは回想の手助けで重要な位置を占めていたのです。

ところがビデオの普及で、好きな作品がいつでも観られる環境になるとサントラは、一部の映画ファン以外にはあまり見向きもされない状況へと追いやられました。それはそうですよね。映像と音が一体となったものが、画面の大きさこそ違えど、映画館と同じように観られるのですから。

これが私の推理です。

そして大したことがない内容に思えるこの一件は、先程の項目で上げた、サントラの変化や歌、関係ない作品を関連づけて売る、など、音楽業界がサントラをいかにして売るか?と言う努力の切っ掛けになっているのです。

歴史は繰り返すと言いますが、今、映画業界は活況です。となると、台詞付きのサントラが復興の兆しを見せてもおかしくはないのですが、実際はどうでしょう?きっとあと数年で結果が出ますね。

そしてその後の変化が衰退へ向かわないよう、私たちは、気になったり、気に入った作品は映画館で観るべきでしょう。

もしこのコラムをお読みになったあなたが、映画を愛しているのなら、是非お近くの映画館へ足をお運び下さい。

そうする事が製作者達の次への励みになるのですから。


今回はちょっと長くなってしまいましたね。

それでも書き足りない事がまだまだあります。

いずれ、この続きは、このコラムでまた取り上げたいと思います。

それまでお待ち下さいませ。


さて次回は・・・何にしようか悩んでいます。

そこで今回は新たな試みに挑戦してみようかと思います。

その為には皆様の協力が欠かせません。


次回はリクエストです!!

但し私が観た事のある作品で、オススメ出来るものを採用したいと思います。

是非是非、MUSIC ROOM掲示板(http://www.neiro.net/ 内)に書き込んで下さいませ。

万が一、もし、書き込みがない場合は、2月下旬に本広克行監督の最新作「サマータイムマシンブルース」を次回のコラムに採用致します。

普段は読んでいるだけで一度も書き込んだ事がいない方も、是非是非掲示板に書き込んで下さいませ!


それでは、また!!

2005年12月31日土曜日

交渉人 真下正義

いよいよ2005年も今日で終わりですね?

でも年明け1時間前にアップしたこのコラムを皆さんが読むのはきっとお正月でしょうから、取りあえず、

「明けましておめでとうございます!」そして順序が逆になってしまいますが、「2005年はお世話になりました!」

本当は、今回のコラムは12月24日に更新したかったのです。

映画またはDVDでご覧の方は既にご存じだとは思いますが、この「交渉人 真下正義」の物語は冒頭の1分を覗き、2004年の12月24日午後4時から午後10時頃までの6時間を描いています。

リアルタイム、とまではいきませんが、その感覚を少しでも味わって頂きたかったのです。しかし出来なかったから意味がないですね。

さて、本題に戻りましょう。

最近、「邦画がハリウッドに近づいた」とか「ハリウッド的な」と言う表現が多々聞かれます。

私もその内の一人でした。しかしこの作品を見てから考え方が少し変わりました。

映画だけに限らず、音楽・芸術その他、人間が作り出す全てのものは、影響されあいその出来が高まっていくものです。

そう考えると、予算と人員を沢山使い造り上げるアメリカの作品を言うのは、面白く出来て当然なのです。出来ない方がおかしいのです。

しかし最近の邦画はどうでしょう?予算が少なく製作期間が短いものでも、面白いものが沢山造られています。新しい才能がどんどんと排出されています。その証拠に日本の映画がハリウッド映画に使われる程です。ただしこれには「ハリウッド映画の新鮮な題材がネタ切れ」と言う事にも起因しているのですが、このことは後のコラムでいつか語る事としましょう。

この映画「交渉人 真下正義」は製作費こそ公表されていませんが、撮影と製作期間は2004年の11月から公開前月の2005年4月までの、たった半年なのです。

どうです?凄いと思いませんか?あれだけ沢山のキャスト、エキストラ、フリーゲージトレインである「クモE4-600」の迫力ある疾走シーンや、パニックシーン、ラストに登場する緊迫のクラシックコンサート会場、全てがその半年の間に撮影・編集されているのです。

この短期間にはある秘密が隠されていて、これが先程の「高めあっている」にも通じるのです。

今回のコラムでは一部だけ取り上げますが、この作品で画期的だったのは、撮影システムにあります。

実は言われなければ誰も気づかない些細な事なのですが、この作品の登場する地下鉄シーンは全て東京ではないのです。

時間や撮影に関する制約、その他様々な要因があって、都内での撮影は許可されなかったのです。

となると、わざわざトンネルを掘ったりセットを組んだりというのは無理な事ですから、当然日本国内の他の場所での撮影が行われる事となるのです。

実際にエンドロールを観て頂ければ分かりますが、神戸・横浜・札幌・大阪と4箇所の地下鉄を使用しています。

しかし問題はそれだけではありません。撮影の為に看板等は全て東京の設定に変更してありますから、当然の事ながら、実際の営業運転中には撮影が出来ないのです。

これはどういう事を意味するのでしょう?

映画公開前にスカパー!で放映されていた「真下正義チャンネル」の中で明かされていますが、実は出来ても一日に数時間の撮影のみと言う、危機的状況。

ここでハリウッドで使われるシステムが生きてくるのです。

幾つかの班に分かれ、撮影の同時進行が行われたのです。それぞれの班にはそれぞれ責任者がいて監督の役割を果たし、その全てを統括するのが監督の役目、とでも言いましょうか。総監督と呼んでも良いのではないでしょうか?

この撮影システムもそうなのですが、本広克行監督は常に新しいものを取り入れ、挑戦しています。過去にも幾つか面白いものがあるので、ここでちょっとだけ触れておきます。

それはフィルム撮影の弱点を克服するものとでも言いましょうか。

最近あるトークイベントで明かされた事ですが、「踊る大捜査線2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」では、編集を現場で秘密裏に行っていました。それは、殆どの役者とスタッフに知られていない存在でした。見た目はごく普通ですが、編集機材を搭載した改造車をスタジオ脇に停車させ、その中で撮影直後の映像に編集をかけるというものです。

これが何を意味する事か、一般の方には分かりづらいと思います。

簡単に例えると、フィルムカメラとデジタルカメラの違いです。

このコラムをご覧の方々は、当然パソコンをお持ちですよね?となると、デジカメもお持ちのはず。

良く考えてみて下さい。

デジカメの利点は何でしょう?

そう、その場で確認できることです!つまり納得のいく内容でなければ、すぐに確認して取り直しが出来るのです。それを映画に取り入れたわけです。

映画というのは、特にスタジオの場合、多額の費用と手間をかけてセットを造っています。

なのに、撮影が終われば無用の長物。しかもその後の撮影の為に取り壊すのが常です。

フィルム撮影では、現像が上がる頃にはセットがない!と言うのが当たり前だったのです。

昔の巨匠と呼ばれる監督なら、劇場公開日を延ばしてでも、多額の費用をかけてセットを組み直していたかも知れません。

しかし殆どの場合、アラやミスが発見出来てもそのまま編集せざるを得ないのが現状だったのです。

本広監督は、その弱点を、デジタル撮影と同時編集で克服したわけです。

だからあれほどまでにこだわった画が観られるわけです。

ところがこれだけでは終わりません。

監督の最新作、「サマータイムマシンブルース」ではさらに上を行く試みがなされています。

実はこの「サマータイムマシンブルース」は劇場公開こそ「交渉人 真下正義」の4ヶ月後でしたが、撮影自体は先に行われていました。

そこで何が画期的だったのかと言いますと・・・

これは「サマータイムマシンブルース」のコラムまでのお楽しみとしましょう。

2006年2月24日に発売されるので、その時までお待ち下さい。必ずコラムに書きますので。


今回はもっともっと書きたい事があったのですが、泣く泣く削った挙げ句、どうしてもこれだけは書かなければいけないと思い、最後にひとつだけ触れます。お許し下さい。

それは「リンクネタ」です。

「交渉人 真下正義」はTVシリーズ「踊る大捜査線」から派生した物語です。当然の事ながら、その世界観を知っていればもっと楽しめます。

しかしこの作品は、それを知らずとも充分に楽しめる内容に仕上がっている事は言うまでもありません。

でもやはり、知っていると面白いはずです。

そんな人の為に、あるひとつの新しい試みがなされています。

それは、もう一つの物語、です。

ひょっとすると既にご覧になった方がいらっしゃるかと思いますが、この映画のさらに番外編である作品が2005年の12月7日にテレビ放映されているのです。

その作品の名は「逃亡者 木島丈一郎」

監督こそ違いますが、踊るシリーズのテイストを引き継いで、なおかつ「交渉人 真下正義」の世界感も引き継いでいる作品です。

既に「交渉人 真下正義」プレミアムエディションDVDのスペシャル特典として発売済みですが、作品の出来もかなり良い為、恐らく単体での発売と、レンタルもされる事と思います。

是非ご覧になって下さい。踊るの世界を知らなくとも、「交渉人 真下正義」を観ていれば、「あっ!」と言うリンクネタの発見が幾つもありますから。

そこでもしハマったなら、そこから「踊る大捜査線」のふか〜い世界にハマってみるのも面白いかも知れませんよ?

余談ですが、この「逃亡者 木島丈一郎」、TVシリーズ化なんて有り得るかも知れません。

もしそうなれば、冠に付いている「逃亡者」は取れてしまうかも知れませんが、かなり面白い作品になる気がするのです。もちろん、古くからの「踊る大捜査線」ファンにも満足のいくような・・・


さてさて、2005年最後のコラムいかがでしたでしょうか?

楽しんで頂けましたか?

内容には殆ど触れていないので、もし未見でここまでお読みになった方は、安心して「交渉人 真下正義」をご覧いただけるでしょう。

何度観ても楽しめる作品ですから、是非是非ご覧下さいね!


2006年の第一弾は、今までとちょっと趣向を変えてみようかと考えています。

それは、以前から頭の隅にはあったのですが、なかなか行動に移せなかった事です。

次回は、「極私的感涙”映画音楽”評」と題して、私が今までに出会った映画音楽・・・通称サントラの良さをお話ししようかと思います。

これを読んだら、映画音楽に対する考え方が少し変わるかも知れませんよ?

ちょっと書くのに時間がかかるかも知れませんが、しばしお待ち下さいませ。

遅くとも1月末までにはアップしたいと思います。


それでは、良いお年を&素晴らしい新年をお迎え下さいませ!!


それでは、また!!


2005年日本映画  127分

監督 本広克行

脚本 十川誠志

音楽 松本晃彦

撮影 佐光朗

編集 田口拓也

VFX&SUD   山本雅之

録音 芦原邦雄

照明 加瀬弘行

出演 ユースケ・サンタマリア 國村隼 石井正則 水野美紀 寺島進 他

2005年12月19日月曜日

レジェンド・オブ・フォール

今回は前回と違ってネタバレでなければ語れない部分が多々あるので、どうかお許し下さい。


約10年ぶりにこの映画を見ました。

そしてある事に気づきました。

私はこの10年、何一つ変わっていない、何一つ進化していない、そう思って生きてきました。

しかしそれは間違いだったのです。

はじめてこの映画を見た時に感じたのは、雄大な自然の美しさ、兄弟愛、そして主人公トリスタンの生き様に感動しました。

でも涙はなかったのです。一切無かったのです。

ところが今回はどうでしょう?


登場人物それぞれの悲しみが、自分の事のように胸を貫き、かき乱し、涙を溢れさせ、優しくさせるのです。

これほどまでに深い映画だったのかと。

私は、どうやらこの10年で色々な事を経験したようです。

祖父母の死、父と弟の病気、愛する人を引き留められなかった悲しみ、その全てが私の大きな糧になっていたのです。


それでは、ここからは物語のあらすじに、ちょっとした感想を交えながら進みたいと思います。

最初の涙はここでした。

物語が大きな変化を見せる序盤の終わり頃、弟サミュエルの死。

毒ガスで視力がなくなったサミュエルに聞こえた主人公トリスタンの声。途端に溢れる安堵の表情。直後に迎える悲しい死、そしてその表情全てを間近に見ながら、何も出来ずにサミュエルを殺されたトリスタンの深い悲しみ。

この全てが、一気に、津波のように私の心に押し寄せて、涙を搾り取っていきました。

正直な話をすると、前回この映画を見た時も、このシーンは辛かったのです。

でもここまでの悲しみはありませんでした。

しかし今回、これほどまでに深い悲しみがあったのかというくらいに、辛い涙でした。

次に涙が溢れたシーンは、サミュエルの墓参り。しばらく連絡を絶ち、行方の分からなかったトリスタンが突然帰郷し、河っぷちの草原に寂しくたたずむ墓の前で、涙を堪えているシーンです。

サミュエルの死の時に感じた悲しみが、そのまま甦ってきました。

そしてそれに続く、ほのかな愛を抱いていたサミュエルの婚約者スザンナの優しさを拒絶するシーン。

トリスタンの悲しみと罪の念が、私の心に深く深く心に刻まれました。

この物語の序盤で、3人の兄弟は誰もがうらやむ程の仲の良さを見せつけていましたが、サミュエルの死を切っ掛けに一気に崩れ、とうとう墓参りの直後に決定的な事態に発展してしまうのです。

家を出る兄、アルフレッド。その悲しみも深いものでした。

サミュエルの死のやり場は、愛が絡むトリスタンに向けられるのも当然です。

でもこの兄弟が、どれだけ深い絆で結ばれているのかが、ほんの些細なシーンで証明されます。

それは、劇中、要所要所に使われる、手紙の朗読です。

遠くに住む母へ宛てた手紙の一文に、兄の弟に対する気持ちが表れています。

この一文は、後に兄弟がやり直せると信じて疑わない程に説得がある文章なのですが、運命はそれを許しません。

牧場の鉄条網に絡まり泣き叫ぶ牛・・・サミュエルの死と同じ状態です。目の前で生きているのに、助けられず死を待つのみ。トリスタンの苦悩は、スザンナによって癒されていた傷を、さらに深くしてしまうのです。

このシーンのトリスタンの瞳が忘れられません。

結局去っていってしまうトリスタン。戻ってこないかも知れないのに、待ち続けるスザンナ。

どうして一所に安らげないのか、安らげさせてくれないのか、運命を恨むばかり。

全ては、サミュエルの死で神を呪った事から始まったのでしょうか?

その答は、物語の最後で描かれます。

そしてどのようにして、この父子と、兄弟と、一人の女性を巡る愛が決着していくのか?

淡々と進む物語ではありますが、劇中殆ど流れ続けているジェームズ・ホーナーの美しい旋律が、観ている者の心に、波乱や安らぎを与え、観終えた時に、優しい気持ちにさせてくれる事でしょう。

モンタナの美しい自然も特筆すべき事でしょう。この美しい風景があったからこそ、観る者は素直な心で感じられるのだと思います。


ここまでで触れる事が出来なかったのですが、3兄弟役のアイダン・クイン、ブラッド・ピット、トーマス・ハウエル、そして父のアンソニー・ホプキンスの演技は素晴らしいです。

それだけでも見る価値がある作品ではないでしょうか?

これは余談になってしまいますが、サミュエルを演じた役者の名前に見覚えはありませんか?

あの笑顔に見覚えはありませんか?

そうそう。「E.T.」のエリオット少年です。

すっかり大人になって、ビックリしませんでしたか?

しばらくショービズの世界から離れていたのですが、最近の活躍は目覚ましいものです。

どうかこのまま、素晴らしい役者の道を歩んで頂きたい、そう願います。


さて、次回は恐らく今年最後のコラムになるかと思います。

前回の予告通り、「交渉人 真下正義」をお贈り致します。

本広映画の最高傑作であり、あの「踊る大捜査線」から派生した新たな伝説の始まりです!

どうか今年最後の映画は、これをご覧になってハラハラドキドキしながら新年を迎えて下さいね!


それでは、また!


1994年アメリカ映画  132分

監督 エドワード・ズウィック

原作 ジム・ハリスン

音楽 ジェームズ・ホーナー

撮影 ジョン・トール

出演 ブラッド・ピット アンソニー・ホプキンス アイダン・クイン ジュリア・オーモンド ヘンリー・トーマス

2005年12月4日日曜日

ストリートオブファイヤー

今回はあえてネタバレにならないコラムで勝負しましょう。


この映画は、今までに沢山あったようで、あまり見かけないタイプの映画です。

映画とミュージックビジネスが密接に結びついた80年代だからこそ実現出来た珍しいタイプとでも言えるでしょうか。

まず、この映画に登場するエレン・エイムやその他のグループは実在しませんが、その歌は、実際のアーティスト名でサントラ化され、しかも幾つもの曲がシングルカットしチャートの上位に上り詰めました。さほど有名でもないアーティストを、映画と結びつけてヒット・成功させた良い例の始まりではないでしょうか?

有名なアーティストを多用した、同時期に公開の「フットルース」と対極をなしているとも言えます。

しかもこの映画では、映画の為の限定ユニット「Fire Inc.」が結成、映画のオープニングで観客をグッとつかみ、エンディングでは主人公トムとエレンの揺れ動く心情を見事に演出しています。

ちなみに前回のコラムで述べた「日本語の歌詞を付けてTVドラマの主題歌になった」のがこの曲であり、カバーされた日本でも大ヒットしたのです。

その曲名は「今夜はエンジェル」歌 椎名恵。きっと30代より上の方には記憶に残っているでしょう。

「ヤヌスの鏡」というドラマの主題歌です。

話が逸れてしまいますが、この頃のTVドラマはカバー曲が多かったですね。

例えば「スチュワーデス物語」の「ホワット・ア・フィーリング」は映画「フラッシュダンス」、「不良少女と呼ばれて」の「ネバー」・「スクールウォーズ」の「ヒーロー」は共に映画「フットルース」等々。知られていないところでは、あの渡辺美里のデビュー曲もフットルースのサントラからのカバーでした。

個人的に「今夜はエンジェル」と言う曲名に不満はありますが、国内で発売されたサントラでの本歌の曲名が「今夜は青春」だった事を考えると、仕方のない事かも知れません。

ちなみに本当の曲名は「Tonight is What it Means to be Young」です。「今夜は青春」と言う訳は、成る程ですね。

この映画が公開された1984年前後は、日本のカバー主題歌同様、音楽映画の当たり年でした。先程触れた「フラッシュダンス」「フットルース」、翌年には「セントエルモスファイヤー」(後にフジテレビでドラマ化された「愛という名のもとに」に多大な影響を与えたとされる)、そして「ストリートオブファイヤー」どれもがそれぞれの曲の個性を引き立て、似か寄らない作品に仕上がっていました。

その中でなぜこの作品を取り上げたのか?

一つ目は、歌ばかりが注目されている映画の中で、恐らく唯一、バックに流れるサントラを重要視しているからです。歌に負けない量のサントラが、観る者の心を血湧き肉躍らせるのです。

その音楽の作曲・演奏者は、ライ・クーダー。天才的ギタリスト。

「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と言えば、普段映画を見ない音楽好きの方にも有名な作品ではないでしょうか?

彼の音楽がなければ、この映画は成立しなかった、と言っても過言ではないでしょう。

残念ながら、サントラには収録されていませんが、その曲の一部が、彼のベスト盤に収録されているので、映画を気に入ったら、是非聞いてみて下さい。映像がなくとも、素晴らしい音楽です。

さて、もう一つの理由。それは、この映画の持つ普遍性です。時代が変わっても色褪せない魅力と題材、なのかも知れません。

ストーリーは至って単純。

例えれば、ヒロインを奪われそれを助ける西部劇。邦画にするならば、一匹狼の高倉健。

不器用だけれども、どこか憎めない、そんな男の憧れを描いています。そこに恋愛映画の要素をミックス、でも基本は壊さない程度の色づけに終わっているのは、さすがと感じさせます。

主人公を演じるマイケル・パレのどこか田舎臭さを感じさせるところも、ひとつの魅力と思えます。

監督のウォルター・ヒルも素晴らしい映像を演出しています。

タイトルにもなった、ネオン灯る闇の中で炎に包まれた大通りは、興奮の中に、美しささえも感じさせます。

分かりやすい物語と相まって、20年以上経った今見ても決して色褪せない魅力を作り出しているのです。


難しい事ばかり考えさせる最近の映画に疲れたあなた、是非、単純明快で後味の良いこの映画を、年が明ける前にご覧下さいませ。

LD時代にもDVD時代にも、いち早く発売されたタイトルですので、中古等も豊富に出回っているはずです。


さて、今月のコラムはあと2回更新致します。

12月中旬は、ブラット・ピット主演「レジェンド・オブ・フォール」、下旬には本広克行監督の大ヒット作「交渉人 真下正義」をお贈り致します。

どちらもオススメの映画ですので、是非是非ご覧になってから、このコラムに挑んで下さいませ。

ちなみに「交渉人 真下正義」は12月17日の発売です。


急激に寒くなりましたが、くれぐれも体調にはお気を付け下さいませ。


それでは、また!


1984年アメリカ映画  94分

製作 ローレンス・ゴードン

ジョエル・シルバー

監督   ウォルター・ヒル

脚本   ラリー・グロス

音楽   ライ・クーダー

出演   マイケル・パレ ダイアン・レイン リック・モラニス エイミー・マディガン